アブラムシ
水町綜助
曇った空に手をかざす
指の上をアブラムシが伝い歩いてる
ちいさな六本の足を動かし
三十何度かのからだ指の上歩く
人差し指の先のほう
小指の付け根
指と指の隙間
すり抜けるからたくさん僕は取り落とす
5月の緑の中を走る電車
町に着くごとに揺れるとき
君は言う
山手線はこのあいだ1日中止まっていたそうだよ
線路の枕木が6センチ(!)も浮かんでいたそうだ
大都会の電車が脱線する想像
見慣れた町並に空から電車が降ってくる
日めくりは毎日事務員によってめくられ
そのたびに一日は丸められて捨てられる
黒い鉄のくずかごは一杯になり
溢れ出しそうになると除夜の鐘が鳴る
その間だけは日めくりのかわりに蜜柑の皮が捨てられる
清掃業者の青いトラックが遅れて来た
それは大きな歯のついた肛門を開け
地黒の肌の老人がそこに次から次へと餌を放り込んでゆく
朝の静かな町には咀嚼音湿っぽく響き
モーター音延々と
そうして再生紙にあたらしい毎日が印刷され
事務員は銀行員からあたらしい日めくりを受け取り
眠たげに壁に掛ける
それがずっと続いていくだろうという幻想
まどろむ眼
とたんに
ページを破って空から電車が降ってくる
十両編成の銀色の電車
慌てふためく僕
まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったから
僕はいままで部屋の片隅に
着古した服と一緒に放っておいた
僕の骨盤をいそいで探しだし
いつでも持ち歩けるように洗面所できれいに洗って
体のあるべき場所へ戻した
しかし僕のほかの骨はもうすっかり育ってしまって
うまく体に馴染んではくれなかった
僕はそれからずっと不安を感じて生きていかなければいけなくなったけど
それは仕方ないこととしてあきらめるよ
もちろんとても嫌だけど
思い出すたびに泣いてしまうだろうけど
黄緑のアブラムシがすり抜ける指と指の隙間
そこに曇り空を透かしてそう思う
多くをすくい上げられない
重く大きなものを持てない弱い指
食器を持てるだけが救いだよ
あと、こんなふうに窓を開けられることも
僕は曇り空見上げ
アブラムシ摘んで捨てた