井戸
はじめ

 森の前の枯れた古井戸は村からしばらく曲がりくねった道の先にある 今日も先に井戸の所まで行って 君が拵えた縄の梯子を下りて井戸の底に足をつける 底の土は少し黒ずんでいて、靴で掘り返してみても 小石などは見えてこない 掘り返した黒い土を埋め、井戸の湿気が上昇していくのを感じる 空は青く、閉塞感を感じる 比較的小綺麗な井戸は(手入れを加えたのだ) 煙突のようにも見える ここで薪を燃やせば、まさに街の工場の煙突に見えるだろう(自分だけだ) そんな馬鹿な考えをした 石の壁によりかかって、マッチで煙草に火を付ける マッチの燃える匂いが気にくわない 底には無数のマッチの燃え滓が落ちてある 前を向いた時 視線の先に午前の光と混じり合った暗闇か孤独かを感じて、流れる時間に感謝した 僕は生きている キセルを逆さにして灰を落とし、底にまんべんなく広がるように足で掻き回した ここは僕の領地だ 空とは遮断されているが世界とは接続されたままになっている 底に腰を降ろし、溜め息を吐いていると、この地面の下には、何かがある という予感が胸の中の中心の水に近い液体が膨らんだ この軟らかい土を掘ろうと決めた と同時に君とセックスしたい願望が脳を満たした セックスの行為を想像しながら、一旦村に戻って、爺ちゃんの家の物置から錆びきったスコップを取り出して、再び井戸の底に帰ってきた 土はどんどん掘れ、片側には土の山ができていた するとある時、ガキン、 というスコップの振動する音が耳に響いて、土をほろってみると、白骨の頭部が出てきた 僕は自分に会えたような気がした 掘り返して、頭部を取り上げてみると、思考が静まり、感情の底からそれを見ていた気がした 目の部分の空洞の中に埋まっている土を掘り出したが、全て取り除くことはできなかった すると君が井戸の入口から声と同時に可愛い顔を出して、僕の思いを分かってくれたような気がした(実際にそういう表情をしていたのだ…実際にそういう表情をしていたのだ…実際にそういう表情をしていたのだ……)
 井戸から上がって、近くの綺麗な泉で頭部を沈め、内部の土をうるかせて取り出した 乾燥させる為に、日光にしばらく当てている間に、君が持ってきて作ってくれたサンドイッチ(中身は日替わりでバラエティー豊かなのだ)をハルジオンの柄の敷物を敷いて食べた その間に午前中に自分の行動と思考を聞かせてあげた 君はニッコリと笑い、時々足の折り方を変えながら、一言も漏らさずに話を聞いてくれた 太陽が南を少し過ぎた頃、白骨の頭部は中まで完全に渇き、持って手の匂いを嗅いでみると、不思議な匂いがした そして再び今日は花の冠を作らずに、井戸の縁から顔を覗かせて土を掘る作業を見ていた 結局夕方になっても残りの体の骨は1つも見つからなかった 君は今日は生理の日だった そのことをすっかり忘れていた 生理のことを考えると性欲が失せていくのが分かった 君が森の中へ入っていくことを突然恐れた だが、白骨の頭部は沢山埋まっているのを見つけた 掘り返した土の量が井戸のスペースを失わせていたので、また、土を地上へ運び出す道具も無かったので、ここまでにした 君は掘り出した12個の頭部を全て泉で洗ってきて、大きい順から並べていった そのままにして村に帰った 誰かに並べられた頭部を持っていかれないか心配したが、その不安を引き摺ったまま、無理やり眠りに就いた


散文(批評随筆小説等) 井戸 Copyright はじめ 2007-06-16 10:01:12
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