高架上食堂の朝
hon

高架のさらに上にあるからって
べつに高い所が好きだったわけじゃない
バカとネコは高い所が好きというけれど
やむかたなくこうなったというか
おれもむかしはひとなみに世間にでて
多様な人間同士の引力だか斥力にうながされるまま
あちこちさまよったあげく
しまいにはねりだされるようだったというのかな
まあ、どんな世界にも大きな存在というのはいて
キーパーソンとかよばれる
それは多くのせめぎあう運動の中心にいすわって
どっしりおちついていられるやつ
でもおれはそういうのじゃなくって
バカかネコのたぐいだったということか
すみっこのほうにねりだされるようにして
上へ上へのぼっていって
気がついたら
高架上食堂の主人だった

高架上食堂の朝は遅い
というのも客なんかこないからだ
店をあけたらあけたで日がな一日ぼんやりしてる
客なんかきやしないよ
夕暮れどきが一番気がめいるんだ
数年来もうやめようかなと思っている
ただやめたとすると次がもんだいだ
おれは次になにをするのかな
いいたかないけど
これをやめたらもう次はないんじゃあねえかって

でもこないだは本気でやめることを考えたな
ふたり連れのサラリーマンが
なにをまちがえたのかうちに入ってきたんだ
いや、料理店だから入ってきて何もまちがっちゃいないが
入り口ではしごをのぼる時点でふつうはおかしいと思うだろう
それが逆にうまいもんをくわせる穴場とか思っちゃったのかな
おれはおおいにあわてふためいた
しらない客なんか相手にするのはひさしぶりだったからだ
男たちからは世間の匂いがした
彼らは今しがたまで世間ですごしていて
いっときここに立ち寄って、また世間へ帰っていく男たちだ
ふつうはそんな匂いなんて感じないもんだけど
ながいこと世間からはずれているとそいつがわかるのさ
おれはというともうずっとここが全てなのだ
ここよりほかにはどこにもないのだ
ここだけが全てである店主と、ここが通過点にすぎない客
おれは戦慄したね
勝ち目なんかはなからなかったさ
足がガクガクふるえて声も出せずうめいてた

とにかく注文を受けたので
調理しようと厨房に入るのだけど
たとえば手がふるえて砂糖を入れすぎてしまう
すると塩を加えて味を修正しようとする
やがて酢やしょうゆやみそやコンソメに手をだす
辛すぎないか甘すぎないやしないか
失敗を取り繕おうとするほど
ある食材を手当たりしだいぶちこんでしまって
ついに店にあった食材の全部を鍋に投入した
できたのはなんだかわからない灰色のカユだった
いってみればホワイトノイズみたいなもんだ(ちがうか)
ほかに出せるもんもないからそれを持って客の前にだした
客は読んでいた新聞から顔を上げて目を細めた
奥に引っ込んだ後から呼び戻されるのもなんなので
おれはそのまま卓のそばに立っていた
その客は押し出しの強そうな年配の男で
どなりつけられるだろうなと思った
なんだ、てめえ、このシロモノは!ってふうに
どなりつけられたらきっとおれは泣いてしまう
あたりかまわずわんわん泣いてしまうだろうな
もう覚悟をきめて、その状況を想像してしまって
鼻のおくがツンとして、涙目でうなだれて立っていた
でもそうはならなかった
客はじっとだまって料理とおれをみていたが
なにもいわず立ち上がると
おれのかたをぽんぽんと二回たたいて
規定の料金をおいて出ていった
で、これってどうなのよ
料理屋が客に哀れまれたらおしまいではないか
いや、こないだは本気でやめることを考えたね

高架上食堂の朝は遅い
それっていうのも客なんかこないからなのだ


自由詩 高架上食堂の朝 Copyright hon 2007-06-13 21:28:08
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