空を掘る
朝原 凪人

晴れた休日の朝
シャベルで宙を掻いている男に出会った
都会の街中の少しだけ開けた場所
陽光は空気中の水分に乱反射し
景色に鮮やかな色を落としていた
平和すぎる風景の中
男はシャベルを掻いていた一心不乱に
ネクタイを締めたスーツ姿で
「何をしているんです?」
私が尋ねると
「観て解らないのかい?」
男はズボンのポケットから取り出した
黒と灰色のストライプ柄のハンカチで
汗を拭いながら答えた
「空を掘っているんだよ」
「空を、掘る?」
男は少し照れくさそうに笑うと
再びシャベルを動かし始めた
ホーホーホホー鳩が長閑のどかに喉を鳴らしている
「この空ってのがなかなかの曲者でね」
手を動かしながら男は続ける
「透明な上に形がないから掘っても掘っても、ほら」
シャベルを地面に突き立てて小さく嘆息した
シャベルはこちらこそが自分の仕事場だと大きく息を吐いた
「こうやってすぐに掘ったところがまた空で埋まっちまう」
困ったものだよ、と男は微苦笑を浮かべ
内ポケットから煙草を取り出した
それを口にくわえたところで、思い出したように動きを止め
「禁煙中なんだよ」
そう言って笑った
男は紫煙の出ない息を吐くと
「君も掘ってみるかい?」
シャベルをこちらに突き出してきた
「どこへ行き着くんですか?」
「ん?」
「この空を掘り進めたその先に何がありますか?」
「わからん」
男はあっさりと言った
唖然とする私の顔を見て
頬を吊り上げると空を仰いだ
空は相変わらず青く晴れ渡っている
「解らんから掘ってるのさ。ただ一つ言えることは」
おとがいを上げたまま目線だけをこちらにくれた
「外。このビルに切り取られた歪な世界の外側。さ」
皇帝が勇者に伝来の剣を授けるように
男はシャベルを仰々しく差し出した
鳩は群れとなってビルで描かれた輪郭をなぞるように飛んでいる
「君は掘るのかい?」
私は
私はシャベルを恭しく受け取ると
男を真似るように空を掻いた
何の感触もなく宙をいだだけだったが
私の頬には剥がれて破片となった世界が確かに降り注いだ
驚いて男を見ると彼はニヤリと笑って
背中からシャベルを引き抜いた
男が構え私もそれに倣う
私はシャベルを力一杯空に突き立てた


自由詩 空を掘る Copyright 朝原 凪人 2007-06-10 19:05:42
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