猫茶碗

古着屋、ゲーセン、タコ焼き屋、本屋
などが軒を連ねて立ち並ぶ
閑散としたシャッター通りにあって
その饂飩屋は繁盛した
昼時ともなると、どこからともなく現れた
学生、サラリーマン、土木作業員、借金取たちで
わずか十席ばかりしかないカウンターは
びしりと埋めつくされた

饂飩屋の店主は気立てのいい真面目な男で
性格に因んで店の屋号も「真面目屋」
にするほどの堅物だったが
家庭を顧みないその真面目さが却ってあだとなり
終いには女房、娘たちにも愛想をつかされ
別離で暮らす妻子たちに細々と
養育費などを送金し続けながらも独り
来る日も来る日も、饂飩をついては商った

昼のかき入れ時も過ぎると決まって
息をつく間もなく借金取たちの催促が始まった
が、二三押し問答の末、借金取たちは
店主に向かって何やら捨て台詞を言い残し
ぴしゃりと店を出て行く
というのが日常の景色であった
店主もまたカウンターに座して
肩で呼吸をしながら
この世を拗ねたような言葉を
ぶつぶつと呟いた
それとは無関係に、真面目屋は益々繁盛した

かねてより真面目屋が儲からないのには
歴とした訳があった
それは、元より一杯百八十円のかけ饂飩を
何百杯と商ったところで、売り上げから
饂飩粉、塩、昆布、鰹節、いりこ、薬味、醤油
などの元代を差し引いてしまえばまず儲けなど知れている
ことに加え、店一番の人気メニューが
一杯九十円の「冷やしそうめん」であることに因した

しかし冷やしそうめんは飛ぶように売れ続けた
終日、饂飩を泳がすための茹で釜の中には
そうめんしか入ってなかった
という日もあったほどだ
だが真面目屋の店主は黙して
釜の中のそうめんを、攪拌棒で掻き回し続けた

そうして惜しげもなく氷水で締められた
しこしこのそうめんは、
鮮やかなさくらんぼとともに
猫茶碗に飾られて
涼しげに客たちに振舞われた



          つづく。


散文(批評随筆小説等) 猫茶碗 Copyright  2007-06-08 03:50:46
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