放課後の音楽室からのピアノの音と想い出の中の時間の流れ方は良く似ている
我辣波饅頭



スプートニクという鉄の塊が
かつて 一匹のライカ犬と 
七日分の酸素と水
わずかな食料と 強い願いと 
未来への可能性を積み込んで
秒速8kmで地球の外に放り出された

巻き毛という意味の名を持つその犬が
何を考えていたかとか
その出来事の道徳性とか

そういったものは
そういった事を語りたい人に
語ってもらうとして


その犬をのせた塊は
秒速8kmという速度で
中心から外側へ
回転しない世界へ目掛けて

そして 世界の終わりへと突き進んだ


世界にとっての世界の終わりは世界が終る時だ
生命にとっての世界の終わりは生命の終る時だ

だからきっと その犬は
スプートニクと名付けられた塊の中で
自分の世界の終わりを見つめ続けたのだろう

その時犬が何を考えていたのか
をれはその犬にしか解らないし
そもそも私は犬ですらないので
皆目見当もつかない


では 私は世界が終るときに
いったい何をして 何を想ふのだろう



小さい頃は 自分がまさか成人するとか
こうやって社会に出て働くなんて思ってもいなくて
時間は円を描いていて 子供はずっと子供のままで
大人はずっと大人のままのような
そんな錯覚の中で 生きているような気がしていた

でも 実の所 時間は螺旋状に動いていて
一周しても 元の所に還ってはこない

洟垂れ小僧だった私は 
いつか理屈と言い訳を垂れるようになって
私の世界の中から幾人かの人間はいなくなり
父の白髪と 母の皺の数は増え
彼の酒の量と 彼女のお小言は減った
なくならないと思っていたモノほど
案外呆気なく失われ 
昔ほど未来に夢を重ねられず
昔以上に過去を振り返るようになった

人が一秒間に 一秒分の魂を使って生きている様に
私の世界も 一秒間に一秒分 終わりに向かっている


明日世界が終るのならば宴を開こう
家族が皆健在なら 家族だけでも
集まれるなら 懐かしい顔を集められるだけ集めて
私は酒が好きだから 酒を飲みながら
皆は皆で 思い思いの物を飲み食いして
明日終る世界と共に終る宴

私達が作ってきた 私達の世界のできる限りを
言葉にして 面白おかしくしみじみと
そう 今までの私達や
それらを取りまく世界が存在していたという事を
確かめるように思い出しながら 



今なら 笑い話に出来るような事もあるだろう
今尚 口にするだけで千切れそうな悲しみもあるだろう
だって 生きるというのは苦しい事だから
苦しい事だからこそ 愛しく思えるのだから
苦しかったことも 無かった事にならないように
ひとつ ひとつ 確かめるように思い出しながら


でも 世界が終るときに独りぼっちというのも
案外に悪い物じゃないのかも知れないと
最近少し思う

一升瓶二本持って 好きな風景のある場所で
塩辛い食べ物たちと 
鳥肌が立つ程の 孤独感と感傷を肴に 
世界が終るまで飲み続ける

感傷というのは 結構酒をススメさせる 良い肴になる

酒を飲みながら 独りきり にやりと 
終わりゆく世界と杯を交わしながら
「馬鹿野郎 こん畜生」ってw


でも 実際世界がいつ終るかなんて
そうそう解ったものじゃない

私達は 世界という 
ライカ犬が閉じ込められた塊よりも
大分と広い塊の中で
大凡何十年かは 世界の終わりを見つめてゆく


生きるというのは 死を そして終わりを
見つめ続ける事だ……













未詩・独白 放課後の音楽室からのピアノの音と想い出の中の時間の流れ方は良く似ている Copyright 我辣波饅頭 2007-06-07 01:06:55
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