森番—透過する森のなかへ
前田ふむふむ

花弁を剥きだしの裸にして、白い水仙が咲いている、
その陽光で汗ばむ平らな道を這うように、
父を背負って歩く。

父はわたしのなかで、好物の東京庵の手打ち蕎麦が、
食べたい、食べたいと、まどろみながら、
青い空を見ている。

「父さん、もう笑ってもいいのですよ。」

心臓の穴を舐めるような、苦痛の病身をもてあまして、
一九四一年十二月。
丙種合格、徴集免除。
日本建鉄・三河島工場に勤務した、
うしろめたい空と、同じ空を見ている。

あの空の雲雀が飛ぶあたり、
濁る雲が落下している場所で、
初夏であるのに、父の葬儀は冬を運んでいた。
かじかんだわたしの手は、繫がれた家族の手は、
   (わたしたちのなかで続いている
      太い線が点に見えた空気のブレを感じながら。
父の遺骨に触れ、その子供のような、
小さすぎる軟らかさに、一日を彼岸まで、
泣いた。

白昼に刺さる、わたしの背中が、
少し動いている父をきつく抱く。
あのときと同じ、子供のような軽さが熱を帯びてきて、
わたしは、いつまでも、
父をおぶっていられると思う。

・ ・・・・・・

ふいに、海を見たい衝動にかられて、
生まれたときから、壁に吊るされている、
古い額縁に納まった絵画を――、
解体のために錨泊地に向う軍艦が浮ぶ海を
撫でるように見つめる。
あの夕陽に見えるひかりは、
世界を何度も縛りつけていて、微動もしない。
わたしの震える性器を貫いて、
その大人びた海に、黄金色の冷たい砂を塗している、
静けさが、毛穴から滲み込んでくる。

あのひかりのなかに、
わたしはあしたを、見ているのだろうか。

みずいろの海が見てみたい。

眼を瞑ると、波のおとが聴こえる。
岬からせりだした浜辺は白く、
透明なさくら貝に耳を当てれば、
溢れるひかりに包まれた、わたしの――、
     度々、わたしに隠れるながら視線を跨ぐ、
     薄紙のようなわたしが、日傘を象る木陰で、
     寂しく蹲っている。

・ ・・・・

動き出したバスは、豪雨で木が倒れて、
渋滞に巻き込まれたようだ。
世界の果てにある岸壁まで、灰色に染めるほど、
憎んだ、化粧をした断定を、
わたしは、透き間だらけの胸のなかにおいて、
突き刺さる、
鋭利な直線を引いていた。

探る手つきで、
痩せた少女に忘れかけた傘の所在をおしえてあげる。
造花でない笑顔。
気がつけば、わたしの暗室に閉じこめていた、
暖かい鼓動が、全身をめぐって、
両手には、もえあがる夏を握っていた。

いつものように、携帯電話をひらき、
見知らぬ友人を見つめる。
わずかに、流れるものがいて、
四角い光源を湿らせながら、
いくつかの文字列のあいだに、
抑えきれない号泣で固めた声をしまった。

天気予報をみる。
窓の外は、涙を窄めているようだが、
ながあめの始まりを告げている。
わたしは、明日から、
雨に煙る森に入らなければならない。






自由詩 森番—透過する森のなかへ Copyright 前田ふむふむ 2007-06-06 23:33:01縦
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