砂景
月夜野
浅瀬に人影がうかんでいた
ゆらゆらと動いているのは髪の毛ばかりで
まだ生きていた父とふたり
はるか野の際をいく船に手を振り
斜面の草をゆらす風に
白い花びらをちぎっては散らした
別れのはじまりはこんなにも唐突で
わたしはふいに折り重なっていく予感に
編みあげた冠をかぶることも忘れて
鈍色の裂け目にのまれるように遠ざかる
父の背中を見送った
***
しうしうと
砂の降る音がする
垂直に交わる部屋の四隅から
天井から 桟から 扉から
威嚇するヘビに似た金属音を発しながら
わたしの背後にみるみる砂山を築いていく
気がつけばすべてが砂であった
崩落の中に溶けていく万象
徐々に霧散していく諸々のかたち
何者かの手によって注がれる力の帯が
徐々に虚空へと引き上げられると
かたちは輪郭を失い 砂粒となって崩れ落ちる
形象にすぎないわたしたちの
日々の磨耗とその消滅
人の目は気づかない
きのうのあなたはもう あなたではなく
今日のあなたも
明日には あなたではなくなること
***
浮かぶ人影を見た日から
幾度目かの年の六月の真昼
父は白くかぼそい煙となって
大気の中を昇っていった
火葬場には夏の気配を秘めた光がうつくしく踊り
不思議と人の死の匂いはしなかった
ただ焼香する人々の喪服の裾から
かすかにしうしうと
砂のこぼれる音が聞こえた
わたしの小さな
砂の耳に