足音
池中茉莉花

おじいちゃん

炒めるつもりも まるでなく
ただただ あなたが 刻みつくした
玉ねぎ一家から 飛び散った
汁の残霧が わたしの目にも ちょっとだけ しみます

でも、わたしは あなたが まな板の上に のせようともしなかった
ただ一人の 家族です

あなたがあんな 嗜癖の渦に 飲み込まれてしまったのは
あの「足音」のせいでは ないのですか

    70年前あなたの耳に「足音」がきこえた
    「聞こえる 聞こえる」
    街の中を 叫びながら さまよった
    医者が来ればいいものを
    来たのは憲兵たちだった
    彼らは あなたの爪の隙間に一本一本針を刺し
    「まだ聞こえるか」と怒鳴り散らした
    あなたは それを繰り返されたが あなたの耳には はっきり聞こえた
    だから 答えた 「聞こえる」と
    まっさかさまに吊されて 足の先から頭へと 体中の血が 溜まっていった
    血の気のひいた その体を 鉄の棒で 来る日も来る日も 滅多打ちにされて

こっぱみじんに砕かれて 飛び散った
肋骨の破片たちが
あなたのまあるい魂を
暴れ狂う ハリネズミに 変えてしまったのではないのですか

今、うつろな意識の中で 折れた跡だらけの肋骨だけになってしまった胸に
あなたが まだしっかりと 抱きしめている
この茉莉花の耳にも 聞こえるのです
日々 音量を増してゆく
あなたがきいた 戦争の「足音」が


起きあがって もう一度
一緒に 叫んで
ね、 おじいちゃん


自由詩 足音 Copyright 池中茉莉花 2007-06-06 12:53:10
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