繋がっていくもの
はじめ

 暇潰しに入った近所の小さな図書館で 私は自費出版で出したある詩人の詩集を見つけた
 この詩人は名も世間に知れ渡っておらず 芽の出ないまま死んでしまったらしい
 春の日溜まりの中で読む詩集は 輝いていて心に素直に染み込んでいった
 最後のページを見てみると 死ぬ前にこの詩集を出したらしい
 それ以降 私は取り憑かれたように詩に対して興味を抱いた
 全然興味が無かった詩を書くようになり詩の賞やコンテストに出すようになるまでなった
 でも全然賞に引っ掛かることは無く私は絶望した このままずっと書いていって何も無いまま死ぬ前にあの詩人のように自費出版で詩集を出すのかと思った 誰の目にも触れることなど無く小さな図書館の片隅に埃と歳月に塗れて置かれる運命にあるのだろうか
 そんなことを思い詰めている時 借りっぱなしで延滞していたあの詩人の本を取ってパラパラと何度も何度も読み暗唱できるまでになったページを捲っていると 最後のページに著者のプロフィールが載っていた 私は大学を休んでその詩人の故郷を訪れることにした
 新幹線から乗り換えて電車で初夏の風景を眺めながら詩人がどんな人生を送ったのだろうと考えていた 詩人は国鉄で働いていたらしい 故郷を生涯離れず妻を愛し 子供ができなかったので妻が早死にした後は孤独に暮らし 私と同じようにふと図書館で見つけた無名の詩人の詩集に衝撃を受け 定年後から本格的に詩を書き始めたという 彼の詩は素朴なものが多く ありふれた日常から少しはみ出しているものを少しずつ書き留めていくというスタンスだった だが彼のそんな田舎臭い詩は時代とマッチするはずがなく 自分が癌で余命が宣告されて自費出版で出す為に出版社の編集者に見せるまで一度も誰も彼の詩を読んだことは無かったという 賞やコンテストの存在すら知らず 今まで井の中の蛙状態で詩を書いていたのだ けれども今までこつこつと年金の残りを溜めて揃えたお金を払って自費出版することを決めると 彼の入院先に彼担当の編集者がやって来て優しく本作りを手伝ってくれた 本にする詩を選んだり 大量の誤字・脱字を直したりなど色々だ 抗癌剤で激しく苦しむ体に鞭を打って 彼は最初で最後の詩集作りに力を注いだ
 詩集ができた頃には既に彼は他界していた 彼の希望で売れ残ったものは図書館に寄付してくれるように頼んでおいた 彼が詩に出逢った図書館に永久的に残ることが彼の最大の願いだった 案の定詩集は一冊も売れなかった 彼の意思とは反対に詩集はほとんど処分となり 僅かなものだけが著者の意思を守られて図書館に収蔵された
 彼が働いていた駅で電車を降りると暖かい夏草と土の匂いのする風が私にぶつかった 私は地図を片手に 詩集をもう一方の腕に挟んで 彼の眠る墓まで歩いていくことにした 駅から墓地までの道のりには彼の詩集で詠われた土地名や建物の名前や風景が数多く存在していて私は第2の故郷に帰ってきたような気分になった お墓に着くと お花と彼の大好物だった最中をお供えして線香を上げた 初夏の空は雲が青空に溶けていて穏やかに移り変わっていた 私は仰いだ頭を戻し何故か涙が出てきて頭を下げて礼をした そして私は思った そうだ 私もいつか詩集を出そう そしてこの細く繋がってきたものを途切れさせないように次の世代にバトンタッチさせなければならない 私の心は明るくなってよし! とガッツポーズをつくって帰りの道を歩いていった 壮大な夕焼け空が西の空に向かっていくごとに濃くなっていって いつも見ている太陽とは違う太陽がそこにはあった 私はそれとは対称的に伸びているのっぽな自分の影を見て顔も知らない彼のことを想った


自由詩 繋がっていくもの Copyright はじめ 2007-06-06 04:01:54
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