夢を信じ続けたら
はじめ
作曲家は空腹を誤魔化す為に暇さえあればずっと眠っていた
それ以外は作曲に専念していた
でも曲が売れなかった 彼の曲はこの時代に受け入れられなかったのである
眠っている間 彼は実に様々なことを考えた 腹一杯ご飯が食べられること 自分の曲が売れて世界中に争いが無くなり平和になること 何も考えなくてよかった裕福な家に育った子供の頃 作曲家になると言って家を出なければよかった そして愛しい小説家の女性のこと…
このパリの都に来てから名を広めようと楽曲を色んな人々に見せて回っていた時 新聞や本屋の雑誌や本に度々載っていた女流小説家がいた 彼女は彼の一つ年上でこの地で成功を収めていた
彼は新聞や雑誌や本から彼女の絵を切り抜き 部屋に飾っていった 彼女の顔を見た瞬間に彼は彼女のファンになっていた さっそくなけなしの金で彼女の小説を全て買い 夜眠るのも惜しんで何度も何度も読み耽った 小説の内容を全て暗唱できるまでになった 彼はこのパリに彼女がいることをとても幸せに思った 彼女に会うことは出版社や警察から禁止されていたが 自分が有名になって対等な立場に立った時に会えればいいと彼は思った
それから彼は彼女の本をお守りにして本を読み耽っていた時と同じように寝る間も惜しんで作曲に取りかかった 日に日に楽譜が山積みされていったが その内のどれも売れなかった 彼は自分には才能が無いと思った 彼女に嫉妬心さえ抱いた 時間はたっぷりあるのに訳の分からない焦燥が彼をジリジリと責め立てた 彼は貧困とストレスでとうとう倒れ 風邪をひいてしまった
夕日の猩猩緋の光がベッドカバーを照らしている頃 彼はまだ高熱と空腹を誤魔化す為にずっと眠っていた 彼は病院に行くお金も無かった このままでは死んでしまうだろうな と彼は思った しかたなく彼は希少価値のある彼女の初版本と切り絵を数少ない友人に売って なんとか病院代を手に入れた
寒気に震える体を抑えて病院で順番待ちをしていると 一際小綺麗で美しい女性を発見した 彼は一瞬自分の体温を忘れた 彼はその女性に近づいていき 鼻水と咳が出るのを抑えて彼女にこう聞いてみた
「あのう…、もしかして○○さんでしょうか…」
女性は大きな瞳の瞼を上へ上げて 一瞬間があった後 「はいそうですけど…」と言った
彼は全ての呪縛が解けたみたいに明るくなって 「私、貴女のファンなんです! ずっと逢えるのを夢見てました! こんな所で逢えるなんて神様が巡り逢わせてくれたに違いない! 風邪をひいているので申し訳ないですけれど、ぜひ握手してもらえませんでしょうか?」
彼は興奮していて彼女が少々途惑っているのにも関わらず差し出された手を両手で握って大きくぶんぶんと振った
それから彼は彼女の隣に座って興奮しながらも少し途惑いながらも彼女と色んな話をした 彼女は意外にも彼に打ち解け 彼の機関車が猛突進するようなスピードで捲し立てているのにも関わらず一言一言ちゃんと聞きその度に笑った 彼女の笑みは彼にとって女神のようだった そして彼が自分が作曲家であり 曲が売れなくて困っていると話すと 彼女はぜひ一度楽譜を見せて頂けないか そして曲を買ってくれる人を探してあげるとまで約束してくれた 彼は熱があって苦しかったが 天にも昇る気持ちだった 彼は再度彼女の手を握ってぶんぶんと振り ありがとうございますと頭を下げて涙を流した
数日後彼女の家に行って楽譜を見せて演奏してみると 彼女はとても喜んで「これならきっと曲を買ってくれる人がたくさんいると思うわ!」と言った 彼はそれから曲を購入してくれる人が増えてお金が入ってくるようになりいつの間にか大金持ちになった 彼は夢にまで見た彼女と対等になり順調に付き合いも始めてついには彼女と結婚することになった 彼は彼女との間に3人の子供をもうけ いつまでも家族と幸せに暮らした 彼のように極限の状態におかれても決して希望を捨てない気持ちがとても大切なのである