必衰
岡部淳太郎

ことしもまた春が来て
暖かくなって
やがては暑くなる
またしても
煩い季節になりつつある
驕れる者 久しからず
正しきも
疚しきも
また同じ
そんな世捨て人のようなことを
つぶやきながら 丘を上る

だが 歩きながら
どんな種類の花にも会うことがない
とはどういうことか
野に咲く花の名前など
ほとんど知らないというのに
沙羅双樹の花の色とは
どんな色か
そんなことを思いながら
歩きつづけている
暖かい
いや 暑いのか
汗が吹き出てくる
生は常に上り坂だ

虫が舞い
鳥が飛び
人々の顔色も
病的なまでに華やかになって
空の青さは
濁りながら深くなっていく
生は大体において過剰を好む
生めよ増やせよと
過剰を推奨する
だから信用ならない
しかし 息を途切らせながら
丘を上る私の この生に
どんな過剰が栄えたためしもないのだが

いずれにしても
私はただのいちども
盛者であったことはなかったはずだ
むしろ盛んなる者であることを
自らに禁じてきたような気がする
それにしても丘はまだ
その全容を見せない
驕れる者 久しからず
私の正しさも
私の疚しさも
また同じ
またしてもひとり
つぶやきながらなおも
意味のない丘を上る
私はただ衰えるためだけに
数十年の生を費やしてきたように思える

どんなに暖かく
また暑くなろうと
季節はその中に
衰弱を隠し持っている
あなたのために必ずや
衰えてあげると
目の見えない者に
変らぬ理をあらわしてくれる
丘を上りながら
尾骶骨がむずむずする
そんな気分になって見上げると
雲がまだ見ぬ夢のために
早くもそそり立ち
まだ遠い丘のいただき
そこにある一本の樹の枝に
永遠が首を吊っている



(二〇〇七年五月)


自由詩 必衰 Copyright 岡部淳太郎 2007-06-04 18:53:36
notebook Home 戻る