残された風景
はじめ

 君が死んでから幾つもの日々が流れただろうか
 残されているのはこの風景だけ
 今も変わらず風に吹かれて立ち聳えている
 僕は風景の守り人として一生を捧げようと思う
 だからこの場所から離れずに生きている
 森からやって来た闇に溶ける獰猛な野獣がこの風景を食らおうとしている
 でも思い出だけは何事にも影響されず活発に動き回っている
 僕にこの風景と重なって君を脳裏に映し出してくれる
 楽しかった日々 僕はしょっちゅう思い出の場所を訪れる
 そこには君はいない
 時の日差しは暖かく 僕に記録としての詩を書く力を与えてくれる
 今考えると何もなかった時代だ
 セピア色の君が仕事に疲れた僕を背後からそっと抱き締めてくれる
 僕は涙を落とし君に全てを委ねる
 そうすると心が晴れ渡り 軽くなって自然と笑みが零れてくる
 風景の守り人を続けるのには少々疲れすぎたようだ
 僕は宙に浮き 若くなって君のいない風景でも生きていける力をもらう
 僕は優しく風景を撫でる
 瞳のカメラで撮った写真が頭の中に一杯だ
 僕の大好きな君の風景 孤独に生かざるおえない僕にはとても大事なものだ
 風景がようやく形を帯びてきた 僕はその風景を歩き回る
 君とデートで座ったベンチに座る 映画館で君と見た映画を見る
 君と歩いた並木道を再び歩く 落ち葉のカーペットは永遠に続いている
 君と食べたアイスクリームを食べる ちょっぴり塩辛い味がした
 君と僕が通っていた学校を訪れる 君は先輩だった
 君が… 残された風景を回り続けるには僕の寿命が少し足りないみたいだ
 残された風景が眺められる岩山に腰掛けて僕は全てを見た気分になる
 これでいいんだ これでいいんだ
 僕はもう天国に来た気分になっていた 睡眠薬を取り出す
 でも死を留まる存在がいることに気付く 自我が優しく予定行動にブレーキをかける
 そうだ 僕は死んじゃいけなかったんだ まだ君が残した風景を全部見ていないじゃないか
 砂漠の荒野の中で寄り添うように集まっている君の風景
 僕はこの風景を再び一生見守っていこうと心に決める
 僕はいつのまにか老人になっていた
 心の太陽が残された風景を背にしたときクリーム色の光を僕に発しているのが見えた


自由詩 残された風景 Copyright はじめ 2007-06-03 04:09:09
notebook Home