書き人知らず
ロカニクス

書き人知らずの本でした
棚から引き抜き
いくつかの確かな硬貨を払い
手に入れたというのに
ふと気付けば
それを生んだ人の名は
どこにも刻まれていませんでした

家に帰り
日差しが中途半端に差し込む部屋で
読み進めていくと
文字が突拍子のない方向に
飛び乱れていました

いよいよ乱丁だと思い
出版社に電話にかけようと思い
後ろのページを捲ってみましたが
そこには白が白らしく
白として浮いているのみでした

どういうことだとつぶやくと
その本は
だってもう
忘れていくことしかできないから
と泣きたてました

そうだよみんなそうなんだよ
でも本なのに
覚えてもらうための本なのに
そんなこと言われても

生物も無生物も覚えてもらうために
覚えるために存在しているのだから
ときどき
覚えることの終わらぬまま
忘れてしまうことがあり
芸術という腹の埋めれぬものは
その救いがたいものを
埋めるためにあるのだから
現状の自分を責めたくなるのは
仕方のないことかもしれない

けれどそうして
生まれてきたからには
何等かの芸術としての
意図がこめられているのだから
己をニュータイプだと思って
自信を持ち
記憶を全うすればいい

そうなだめて言い聞かせると
本は泣き止み
もう何も言いませんでした
どんどん忘れていきました
ページもそろそろと消えていき
河原の小石のように
薄く滑らかになっていきました

私は読みました
読むことしかできませんでした
覚えることしかできないように
忘れることしかできないように
それをできるに変えたくてか
必死に握って読みました

ある日
読み終えました
カバーが残りました
カバーも消えました

本の内容は
消え人
覚えうとすはの私の話で
本と一緒に消えたかと思われます




自由詩 書き人知らず Copyright ロカニクス 2007-06-02 16:38:38
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