オオカミの女の子
リヅ

あの娘は今日も眠ってる
きっと素敵な夢見てる


山小屋にオオカミの女の子が独りきりで住んでいました
友達はいません 山奥なので誰も訪ねてきません
だからいつも一人で遊びます
空想遊びが一番得意で、好きでした
晴れた日は空を見上げながら
雨の日は窓辺の椅子に腰掛けて
町ではあたしはみんなの人気者で
たくさんの友達に囲まれて
休日には誰もが羨む素敵な恋人とウィンドウショッピングをする
町へ出ればすべてが変わる
オオカミの女の子はそう信じていました


午後四時半のドトールで
目の前のあの娘は目を開けてはいるけれど
きっとあたしの声は届いてない
あの娘はぼんやりと俯いたり窓の外を眺めたりしている
あたしは次の言葉を探しながらタバコに火をつける
とろりとした沈黙が行き場に困っていた


町からたまに風に乗って「アイラブユー」や「アイニージュー」という声が届きます
オオカミの女の子はそれを聴くと自分だけの秘密の場所に出かけることにしていました
そこは一面の花畑で
一つ一つの花の裏には青白く半透明に光る蝶がとまっています
触れようとするとそれぞれ一斉に飛び立って
「アイラブユー」や「アイニージュー」と囁くものだから
オオカミの女の子は町の人間はみんなこの半透明の蝶を持っているんだと思いました
それじゃぁあたしはこの蝶を一匹 捕まえないと町へは出られない
だけどいつも蝶はオオカミの女の子の手をすり抜けて
青空の下 ひらひらと
手の届かない場所でそれぞれ好き勝手に愛の言葉を囁くのでした


男を知らないあの娘
お酒を飲まないあの娘
タバコも吸わないあの娘
今日も眠ったまま生活してる
オオカミみたいな顔で遠慮がちに笑ったり少し悲しそうな顔をしながら
車のクラクションや誰かの笑い声に怯えながら
鏡を恐れたりして
五月の空は去ろうとしているけれど
あたしとあの娘は席を立てずに
アイスコーヒーの氷がだらだらと溶けるのをみつめている


蝶は今日も捕まえることができません
オオカミの女の子は肩を落として山小屋へ帰ります
夕暮れの道に黒々とした長い影が一つ
なんであたしはこんな場所に住んでいるんだろう
どうして独りきりなんだろう
考えてはみるのですが家に辿り着くころには
大事な思い出も疑問も寂しさに上塗りされて消えてしまいました


あの娘はいつから眠り始めたんだろう
あたしはくだらない男にかまっていてしばらく気付けなかった
乾したての布団に包まって午睡するように
ゆるやかに睡魔に身を任せたんだろうか
なんにしろその布団は自分でひいたんだろう
だからきっとあの娘は素敵な夢を見てる
でも、あたしはここにいるよ
いるんだよ


夜の静寂は日に日に増していって
ベッドに体を埋めてもよく眠れなくなりました
ようやく眠りに落ちると底の方にいつも同じ夢が沈殿していて
自分を呼ぶ声のです

 こっちへおいでよ 町は楽しいよ

やめて あたしはオオカミなの
蝶は捕まえられなかった
行けないの
あたしは醜い
あたしは何も持ってない

跳ね起きて、孤独ばかりが募って、夜を繰り返して、それでも声は、「アイラブユー」でもなく、「アイニージュー」でもなく、呼ぶ声が、


七本目のタバコに火をつける
いつかあたしのくだらない男の話を
あの娘はやっぱり伏し目がちに
それでもちょっとだけ興味深そうに耳を傾けていた
あたしは結局その男と別れて
今はもう男が教えてくれたタバコの吸い方と銘柄以外
全部忘れてしまった
タバコ七本分の時間を使ってあの娘に届く言葉を探してみたけれどうまくいかなくて
だいたいあの娘は最初から何も持ってなかったことに気付く
あたしも同じだ
あの娘とあたしの違うところは
男を知ってるか知らないか
お酒を飲むか飲まないか
タバコを吸うか吸わないか
そのくらいで
そんなのなんでもないことで
なんにもならないことで
あたしはあの娘を起こせない
右手指先から青白くて半透明のリボン
西日に照らされて
ゆらゆらと
ひらひらと
光る


夢の中の蝶が瞼の後ろでゆらめいている
緑の木々 花畑 冷たいシーツ 甘い言葉
 おいでよ
あたしが、夢の中で夢見たものは
 おいでよ


あの娘が顔あげた
ゆっくりとためらいがちにあたしのタバコを奪って
案の定むせて
眉ひそめたまま
うまい、と言った


自由詩 オオカミの女の子 Copyright リヅ 2007-05-31 15:11:12
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