真夜中のミサ
いねむり猫


もはや自分で立っていることができない 
もたれあいの波
惰性と汗と酒臭い息にまみれた
終電から開放されて
深夜の自転車置き場にたどり着いた

鉄道の高架下に広がる広大な空間
明け方まで電車が通らない静けさの中
私の自転車だけが取り残されている

薄闇の中に整然と並ぶ巨大な柱の群れ
見上げる天井は
毎日数万人を乗せて走る列車を支えるレールだ

柱で星空と三日月が分断され
遠くでまたたく原色のネオンが
荘厳な教会のステンドグラス

どこまでも続く奥深い祈りへの道
思い出したように灯されている淡い街灯の導く先に
見知らぬ祭壇はあるのだろう

深夜のミサにぬかずくのは
私の自転車と何の信仰も持たない私

巨大なこれら建造物を真にあがめたのは
この柱の影で息絶えていた
あのホームレスだけ

人々が意図せずに作り上げた神聖な空間は
日々の風雨に曝され
敬う人もなく、烏や猫にさえ愛されない
そして生み出された時と同じように
今でもコンクリートとアスファルトの臭いを放しつづけている

遠くで暴走族がバイクを苛め抜く猛々しいエンジン音がこだまして
それは一瞬のミサを形成する

私たちは この汚れた街に生まれ この汚れた街に生き続けることを誓います

私たちは 自分たちをいやいや育てた親たちから できるかぎり早く離れ

同じように虐げられ 同じように希望を持たない 同じ目をした者同士で

激しく憎みあい 激しく愛し合うことを誓います

この汚れた街は、私たちの母であり
この汚れた川は 私たちの血であり
打ち捨てられた廃車たちは 私たちの兄弟の思い出であり
父母が熱狂する遊技場のロビーが私たちの遊び場であり
深夜まで明かりを灯すコンビニが私たちの希望です

この街から旅立つ者に幸いあれ
あなたはどこへ旅しても
この街と全く相似形の街に出会い
全く同じ絶望と愛におぼれるでしょう

私たちは火の玉のように生き
投げ捨てられたタバコのように
突然その生を終える

けれど
まれに
神を知らない私たちは
祈りをささげたくなる



自由詩 真夜中のミサ Copyright いねむり猫 2007-05-30 05:56:57
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