母の日のメデューサ
蒸発王
滴る血潮からは
羽を持つ馬と
赤い花が生まれた
『母の日のメデューサ』
母にとって
父の面影を落とす私は
恐怖の塊でした
父が何をしたのか
母がどんな目に合わされたのか
そんな小さな事は
消えていましたが
ただひたすらに
私は母の恐怖を散らして生きていました
母は私を打ち
家中の鏡を壊して
私が映す
父の面影から逃げようと必死でした
私は母の
怪物だったのでしょう
そんな母を
私は哀れむと共に
何故か
愛しささえ感じていました
母を救えるのは
決して私ではないはずなのに
私は母を救おうと
必死で母を見つめるだけでした
その視線が
母を石にするとも判らずに
そうして
初夏の日に
学校から帰ってくると
母は鏡に首を突っ込んで死んでいました
母の顔は静かで
私の心も静かでした
命と同時に
悲しみさえも石になってしまったようでした
私の身体には
打たれた跡の
どす黒いアザが残っていて
それだけが
母が生きた証のようでした
一人きりで弔いをすませ
庭の土に母を埋めて
初めて私は
手向けの花を
用意していない事に気づきました
家の中を引っ掻き回して
私は母へ贈る花を探しましたが
花は見当たりませんでした
そこで
私は思い出したのです
怪物の血から花が芽生える話を
滴り落ちる血潮から
花が芽生えると思ったのです
私は腕に足に首に
刃を滑らせ
母の墓石に血を注ぎ
花を
たくさんの
花を
赤い花を
母に贈ろうと思い
香る芳香の中で
瞼を閉じたのでした
薫風の吹くなか
僕の近所で親子の死体が発見された
母親は埋められてて
子供の方は切り傷だらけだった
奇妙な事といえば
傷痕の割に
飛び散った血液は殆ど無く
その周りには
昨日まではありもしなかった
滴るように真っ赤な
カーネーションの群生が
2人を包むように生えていたというだけで
警察は事故死と
自殺で終わらせた
五月の第二日曜
母の日の出来事だった