ヨルムンガンド(無限との対話)
下門鮎子
「カイテイデミズカラノオヲカンデネムル
あなたは北で生まれたのね、
わたしは南。
北の子、
海の底で眠るあなた、
雷神が来る、もうすぐ
あなたを倒しに――
雷神がわたしを倒しに来る?
あの雷神はわたしに向かって
おまえ、とたしかに呼びかけた
雷神とは誰だ、
わたしではないのか、
わたしたちは相撃ちする
死に瀕した南の言葉が
大蛇となって陸を囲むのを見た、
まるであなただった。
言葉の蛇はいつまでも島を囲んで眠る
自らの尾を噛んで、
吐気がする
世界があなたのようになればいいのにと
思った時期もあった わたしは子どもだったから あなたじゃないのがこの世界
その口から尾を離せ、
この世のものではないその姿が
ここでは何と呼ばれるか知っているの?
わたしに聞いても無駄
知っているならとうにその名を呼んで
あなたの存在を暴いている。
するとあなたは霧と消える、
そうして、わたしも
ひとつ消える。
なるほど、いつも相撃ちなのだ、
『あなた』を倒しているときは――
あなたの姿は
神がこの世に忍び込んだもの。
そうね、死ともいう。
死には姿などない。
わたしは後に生まれた者。
光が死んでわたしは目覚めた
口から尾が離れていった、
それは神々の黄昏の幕開けとなった。
わたしは雷神と相撃ちして再び眠り
焼け残った世界樹のもとで
おまえが生まれて
わたしに向かって歩き始めた
おまえとわたしとは
世界の両の目なのに
おまえはわたしを恐れたり
間違った仕方でわたしになったりする」
夢を見ていたのだろうか、
気がつくと辺りは真っ暗。
北欧神話のページに栞が独り
明りを漏らして挟まっている。
夜は味方。
仕事を終えて帰ってきた夫に
おかえりなさい、と言い
栞に触れると それは傷のように
熱をもってふるえている。
悲しい仕方で ヨルムンガンドになってしまった子どもたちが話しかけてくる――
「モットニンゲンデイタカッタ」