幻視顕微鏡
嘉野千尋


  夕暮れ色の飛行船、
  たくさん空に浮かんでいたけれど
  空と一緒の色だったので
  誰にも気付かれないままでした。

  *

  毎朝、起きたらすぐに顔を洗います。
  今朝は両手に掬った水道水が
  ライト・グリーンの南の海になっていて
  綺麗な魚が泳いでいたので
  顔が洗えませんでした。

  *

  流星群の来た夜に、
  天文部の仲間たちが網を持って
  学校の屋上で振り回していました。
  次の日、Sさんから
  金平糖のお裾分けがありました。

  *

  使い終わった香水の壜を、
  机の上に飾ったままにしていたら
  いつのまにか硝子壜の中に
  青い薔薇が咲いていました。
 
  *

  好きですと言うたびに
  だんだん透明になっていく人に
  もう好きですと言いませんと言ったら
  すっかり透明になってしまいました。

  *

  音楽室のピアノの、壊れたままの鍵盤、
  恋をしている誰かが弾くときにだけ
  綺麗な音で響いては、
  音符をパラパラと降らせていました。

  *

  雨が止んでも傘を差していた人の
  青空色の傘の上にはずっと
  小さな二重の虹がかかっていたけれど、
  傘の持ち主だけが気付いていないようでした。

  *

  春の終わり、
  野バラの咲く季節にだけ届く手紙を、
  水色の夜空に透かしてみると
  さようなら、また来年
  とだけ書いてありました。

  *

  月が三つ並んで出ていた晩に、
  あれが本物、と言って
  右端の月を指差したら、
  左端の月は太陽になって、
  慌てて西の方へ落ちていきました。
  真ん中の月はそれ以来行方不明です。

  *

  理科準備室の棚の奥、
  秘密の扉の向こうにしまって
  Y先生がこっそり大切にしている
  顕微鏡を覗きに行ったはずのK君は
  何を視たのか決して教えてくれませんでした。





自由詩 幻視顕微鏡 Copyright 嘉野千尋 2007-05-27 19:01:34縦
notebook Home 戻る