雨が上るが
ねなぎ

特に日報に書く事も無く
一日
喫茶店の椅子に座って
空を眺めていただけなので
空の事を書こうと
思っても
書けないでいる
雨の夕暮れ

スーツの裾の泥はねを
気にしながら雨の中を
待っていた

帰りたいのは
家にでは無く
抽象的な過去でも無く
どこか知らない場所へ
帰りたいと思った

何処かのラジオから
流れて来る音楽が
聞こえているが
音が水で薄まってしまって
曲までは解らなかった

ここがどこかも
解って居ないのに
どこへ行くと
言うのだろうか

様々な色の看板が頭上に
犇めき合っているので
読んで見ようと見上げたのだが
水滴に目を穿たれたので諦めた

帰りたくて
仕方ないのは
眠いからでは無く
逃避でも無く
知っていても
行かない場所へ
帰りたいと唐突に思った

ネクタイをYシャツの第二ボタンから
中に入れて見るが
さんざめく雨に購える筈も無く
染みてくる湿度と寒気に耐えていた

雨が上ったら
忘れていく傘の様に
椅子に座って
考えていたのは
空模様の事で

喫茶店の硝子に
水分が付着して
傘を持つ手が
自分の顔を歪ませている

多分
雨が上ったら
忘れていくのだろう

待っているのは
帰れないからで
何を待っているのか
雨に流れて思い出せない

日報に書かれた
特に回っていない客先を
何食わない顔で
提出したら
帰れるだろうか

雨音が遠ざかったと言うのに
雲は垂れ込めたままで
この場所がどこだか
連絡も取れずに
待っている

多分
何食わない顔で
受理されるのだろう

雨が上っても
ずっと煙草を吸いながら
眺めているのは
特にする事も無く
特にしたくもない為だった

水音だけが残って
どこにも水分が立ち込めて
残されたように
立ち竦むと
傘を持っている事を思い出した

帰りたいと思ったのは
染み込んでしまった
水分になどでは無い


自由詩 雨が上るが Copyright ねなぎ 2007-05-26 21:01:52
notebook Home 戻る