「 人魚の涙。 」
PULL.







一。



どんな関係なのと、
訊かれたことがある。
からだの関係です。
そう答えると、
相手は押し黙ったっきり、
何も言わず、
泣いてしまった。
名前も顔も憶えてないけれど、
あのひどく悔しそうな目だけは、
憶えて、
いる。
あのひどい目をさせたのはあたしなのだと、
忘れて、
うつくしくしてしまわないために、
ずっと憶えて、

いる。






二。



男の人の涙は、
はじめてじゃなかった。
だけど、
カミダさんの涙は、
これがはじめてだったから、
ひどく驚いた。
ひどく驚いたけれど、
じっとカミダさんの涙を見ているうちに、
カミダさんの涙も他の男の人と変わらなくなって、
どうでも、
よくなった。
どうでもよくなったので、
別れましょうと切り出すと、
カミダさんは、
また泣くのだった。
泣きながらひどい目で、
あたしをじっと、
見た。
だから、
あたしは窓の外を見て、
窓の外は雨で、
雨の音がやさしく聴こえて、
だから、
カミダさんは雨よりも激しく、
ざあざあと泣き続けた。

あたし、
その夜の終電が気になった。






三。



ひどく、
傷つけた。
いたたまれなくなって、
抱きしめてあげた。
抱きしめてあげると、
スノメさんはいい子になった。
いい子のスノメさんはまあるくなって、
もっとまあるくなって、
しくしくと、
泣いた。
しょうがないので、
薄い頭を撫でてあげると、
スノメさんはあたしのおっぱいに、
ちゅうと、
吸い付いて、
ちゅうちゅうと吸いはじめた。
スノメさんはあたしのからだの中で、
おっばいが、
いちばん大好きだった。
きつく吸い付かれた痛みが、
頭の中でじんじんと、
鳴って、
いた。

そのまま朝まで一緒にいて、
明け方に、
スノメさんと別れた。
スノメさんはまだ泣いていたけれど、
もう、
心は痛まなかった。






四。



イチコはよく泣く子だった。
よく泣く子なので、
よくからかって、
よく泣かせた。

イチコは、
好きなものを取り上げられると、
いちばんよく泣く。
だから、
あたしは、
イチコの大切なお人形や、
ショートケーキのいちごや、
小学校の担任のシロウ先生や、
隣の組のキノメくんや、
イチコのパパや、
お兄ちゃんを、
イチコの見ている前で取り上げた。

イチコは、
いくつになっても、
ひどくよく泣く子だった。
ひどくよく泣くのでいつも、
あの大きな目からぽろぽろと、
童話の人魚のような、
大粒の涙を、
あたしに見せてくれるのだった。

あんなにきれいな涙を、
あたしは他に見たことがない。
だから、
あたしは、
あたしの涙よりも、
イチコの涙が好きだった。






五。



彼が好きだった。

そう。
だから、
あたしがはじめって付き合った彼を、
イチコが奪った時。
イチコは、
ごめんねごめんねと、
いつものように泣きじゃくった。
あたしはイチコをひっぱたくことも出来ず、
ただじっと、
イチコを見ていた。
イチコの大きな目からは、
またいつものようにぽろぽろと、
涙がこぼれて落ちて彼の部屋の床に黒い染みを、
てんてんと、
作った。

ごめんね。
あたしひどいことしてる。
でも、
好きなの。
彼を愛してるの。
彼も、
あたしを愛してくれてるの。
あたしを見上げてる、
イチコの目。
見覚えのある、
目。
それは、
あたしの目だった。

あたしはひどい目で、
イチコを見ていた。






六。



気が付くと、
いつもひとりで泣いていた。
あたしは泣き続けるのもので、
辺りは海に近くなり、
やがて、
満水の海の中で、
いつまでも溺れるように泣いていた。

人魚に、
戻れない。












           了。



自由詩 「 人魚の涙。 」 Copyright PULL. 2007-05-26 13:40:18
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