鬼婆の髪
三州生桑

「鬼婆の髪を見に行きませんか」
ローカル新聞社の記者から電話があった。
「或るお寺にですね、鬼婆の髪があるんですよ。そのルポを書いていただかうかと」
「インチキなんぢゃないの。拝観料とか取るのか知ら」
「いえ、誰にでも見せてくれるさうですよ」

その記者と連れ立って、件の寺を訪うた。
「立派なお屋敷だな。坊主まる儲けだね」
呼び鈴を鳴らすと、のそりと禿頭の老人が出て来る。昼間なのにパジャマを着てゐる。
「先日お電話した者ですが、鬼婆の髪を見せていただきに参りました」
「ああ・・・、ああ・・・」
老人の緩んだ口から、よだれが垂れる。
「ああ・・・、ぢゃ、本堂の方へ・・・」

本堂に通されると、一人の看護婦が正座してゐた。ナースキャップをかぶってゐない。私はナースキャップが好きなのに。
袈裟に着替へた住職が、長持を抱へて現れる。
「これが鬼婆の髪でして・・・」
木箱の長さは百五十センチほど。その蓋を開けると、ぱさぱさに乾いた濃い灰色の髪の毛の束が入ってゐた。よく見ると二重に束ねてある。つまり三メートル以上の長髪だ。
住職が、うやうやしく由来を語り出す。
「江戸時代のことですが、近在に鬼婆がをりまして、その鬼婆を見た村の娘の髪が恐ろしく伸びまして、それはもう切っても切っても伸びまして、これはもう鬼婆の崇りといふことになりまして、寺で供養いたしまして・・・」
箸にも棒にもかからない話しだ。第一、これは鬼婆の髪ではないではないか。
記者の姿は消えてゐた。美しい看護婦がにっこりと笑って言ふ。
「あなたは、もうただの患者さんですから」
住職は、鬼婆の髪を頭に載せて遊んでゐた。



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未詩・独白 鬼婆の髪 Copyright 三州生桑 2007-05-25 18:44:55
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