初恋
美砂

僕の両親は なんとか繕ってはいたが
あのころすでに
「破滅」していたのだと思う
僕はそんな言葉さえしらないまま
「破滅」のまんなかで 肩身がせまかったのか、精神的に不安だったためか
実のところ、そんなこと理由にはならないのかしらないけれど
君に恋をしていた

都会からきた君は
細くて白くてしなやかで、かといって貧弱なのではなくきわめて健康的で
男の子としてはあまりにも美しすぎる顔つき
すぐに幼稚園の人気者になり
頬を丸く赤く染めた、小太りぎみの、みるからに田舎者の僕は
僕の母親が君の母親と仲良くなるずっと前に
君の虜になった

覚えているかな 
新一年生のための
身体測定の日
下着姿で震える君の肩に
僕は思わずキスをした

親たちは無邪気だと笑っていた
君は少し嫌な顔をしながら、くすぐったそうに
耳たぶを、僕の唇の触れた場所におしつけた
おそらく あの日、はじめて僕は
肉の欲望を意識したのだと思う
君の肩先で産毛が白く光り、押しつけられた耳たぶが粘土みたいにつぶれ
粘土といっても、僕らがいつも握っていたあんな泥くさいものじゃなくて
君らしい、君だけに似合うお菓子みたいな、パン粘土・・・
まちがって口にいれてしまいそうな・・・
白さ、やわらかさ・・・
僕はこの感情を隠さなければならないと思った
僕だけが気づいたこの感情を


君は
四月には、僕といっしょに小学校へあがる予定だった君は
いきなりまた都会へかえることになった
父親の転勤らしかったが
僕には意味もわからず 
ただ母がそう告げた夜
僕ははじめて寝小便をした
ひとにいえない夢をみて

別れの日
僕は両親とともに
空港へ君と君の両親を見送りにいった
いつまでもすがりつく僕をふりきるように
君は背をむけて
羽のような足どりで
搭乗ゲートへむかっていった
去ってゆくこの北国を惜しむように白い洋服をきた
君ら三人は、ほかのどの家族より輝かしかった
まばたきもできなかったよ

僕は帰りの車の中でずっと泣いていた
「もう会えないんだね」
両親は僕の涙をみて驚いていた
僕もまたなぜ涙がでるのかわからなかった
死んでしまうということと、二度と会えない場所へいってしまうということの
明確な区別がついていなかったのかもしれない
僕らはあれから一度も会っていないし、もう会わないだろう
会えないのではない 会いたいという気持ちがないのだ
だがそのときはちがった

小学生になって友達はそれなりにできたが
いつまで待っても君の代わりはみつからない
ほとんど狂いそうになって
君の新しい住所へ
遠慮してか、ぐずぐずとしぶっていた母になんとか
電話してもらったとき
すでに6ヶ月がすぎていた

母はひとしきり主婦どうしの会話を交わしたあと
僕が君のことを(もちろん最高の友達として)忘れられないということを
説明し、僕に受話器を押しつけてきた
僕は懐かしい君の名をよんだ
うわずった男の声でね
だが
僕と君の会話は
まったくちぐはぐで、うまくいかず
何秒かの沈黙のあと
「じゃあ」といって君はあっさりと受話器を放棄した

期待はずれのまま電話はきられた
僕は何度も首をひねって
「なんか、ちがう」と不機嫌になって
母をこまらせた
「だからいったでしょう」などといわれたような気もする
とにかく僕はもう二度と君に電話してとはいわなくなった


僕が中学生になるのを待っていたように、両親は離婚した
それでよかったのだ
僕は犠牲者なんかじゃないと思っている
ただ、僕はずっとひとりだ 恋は何度かしたけれど
その恋が、人とはちがっているということに
慣れてしまうくらいには

君は僕のことを、まったく覚えていないかもしれない
だが僕は
冬と春の境目にさしかかると
決まって君のことを思い出す

やわらかな肌、僕の初恋のこと




※詩をつくっていたつもりだったのですが、なんか長くなりすぎたので
こちらに投稿しました。といっても、2005年くらいの作品ですが。


散文(批評随筆小説等) 初恋 Copyright 美砂 2007-05-21 22:42:42
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