海と声
まほし
1
もう、
ふりかえらないのだ
髪をゆらしていった風は
束ねることはせず
つまさきは
後ろに広がる汀を
走れない世界にいて
こころだけがいつまでも
波になりたがっている
2
ゆうべ、
海原を呼ぶ声が
半分失なわれてしまったので
貝殻のような名をつけて
せき止めとしたが
千切れてしまった風に
言の葉は乗せられない
下弦の舟にゆられ
水平線をたぐる旅にでるべきか
みぞおちの血汐を薬にするべきか
渚に立たされても
なぎさにはなれない
3
うみ、と
ふたたびうたえたら
つながるのだろうか
海に、
それともながされてしまうのか
うみ、は
ちかづけばちかづくほど
風をいやまし
かけよるかかとを遠ざけようと
しずかに叫ぶのに
地球のうらから腕を伸ばして
蒼い乱気流で抱きしめようとする
うみ、と
ふたたびうたえたら
(ふたたびはあるのか、
灯台を巻き戻す
ねじはあるのか、)
4
ゆりかご、か
あしかせ、か
呼吸にとける旋律で
波は、くるぶしをなでていく
ゆりかご か、あしかせ か、
すぎてゆく、
すぎてゆく水の鼓動は、
足跡を包みこんでは
みなもとに触れるのをやさしく、拒む
喉元でうるむ
潮騒の遺伝子は
うみの底から続いているのだろう
それなのに、
波乱を孕みながら
ふかく ふかく
たどれば たどるほど
沈黙の果てに
飲みこまれていくのは、何故だろう
5
体内時計の
中心に満ちる、月が
赤々と落ちてしまわないうちに
生まれる前の脈拍を、
五線譜に散りばめる
音符の一滴が
昇華されて
海鳥の声となるなら
声よ
波が静まった先に
謳いかける虚空はあるか