啼くよウグイス
I.Yamaguchi

なんにもしらない。
天の原振りさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも、のほかに、
天の原振りさけ見れば、で始まる和歌があるなんて、
誰も知らない。
ただ数え歌のように啼くようぐいす平安京、と覚え方は学んだが、
うぐいす、が本当にうぐいすと呼ばれていたかすら、
その当時の花が中国渡りの梅だったか桜だったか、
誰も教えてくれない。
もしかすると、うぐいすは、似た読み方をする、
グリズリーベアであってもおかしくない。

なんにもしらない
イラクで捕らえられた人々のことだ
イラクへ向かった国賊にして共産主義者の子、というが、
誰かが一声上げるとピーチクパーチク呼応する彼ら、の
発言がテレビに映ると何票選挙でもらえるか、というと
誰も知らない。
革命を捨てた日本共産党の意義は問われず
ソ連がギリシャ正教とユダヤ人を殺し続けたことなんて
俺が言わなければここでは誰も知らない。
そして人質が友達の友達だと友達から聞いた俺も同じ時間に
自分の女がなにをしていたかなんて
俺が聞かなければ誰も言わない。

なんにもしらない
老人ホームで恋愛のもつれから男が年下の女に殺されたらしい。
部屋換えで自由に部屋が出入りできなくなるから、というが、
クラス替えをしたら隣のクラスに行きにくい小学生に似ている彼ら、
に肉体関係があるか、というと
誰も知らない。
ただ男が前立腺がんで尿が漏れることだけ語られたが、
チンコが立つかどうかとどちらが被害者の名誉を保てるだろうか、
誰も教えてくれない

なんにもしらない
骨髄を息子に提供できる子供を作るために精子と卵子を選んだ親がいる、
自分で作りたい子供を選んでいいのか、という人もいるが、
数百年前には産婆に子女の首を絞めさせていた親の子孫、が、
子供を家父長制の下に虐待しているかというと、
誰もしらない。
ただ親にとって子供を失う苦しみを理解する可能性は残されたが、
毎日中に出したときにガキが出来る可能性が二十五%という
不気味な具体さについて、
誰も何も言わない。

なんにもしらない、
我が家から一時間離れた道でおきた交通事故で人が一人死んだ、
絶え間なく車の通る道に飛び込む人が馬鹿だ、という人もいるが、
毎日電車に乗って一時間半通勤するそこのオヤジ、が
一時間に何台道に車を通っているか、というと、
誰も知らない。
ただニュースの中で大きなカメラが、
四つあるはずのタイヤを二つに見せるほど妙にズームを強めていたことに、
誰も何も言わない。

なんにもしらない。
俺が今日蒸しパンを三個食べたことは、
俺以外誰も知らない。
もしかすると二個食べたらイラクに原爆が落ちたかも、なんて
誰も知らない。誰も何も言わない。
そして何も知らない。
ただ税金と借金の支払いだけが迫り、
女は俺のことを愛しているといいながら手首を切り、
俺がバイトと手当に挟まれながら新聞に血を吸わせるおやつの時間。
社会派は全て世間に頽落してるだなんて
知っていてもいう暇がない


自由詩 啼くよウグイス Copyright I.Yamaguchi 2004-05-07 20:46:58
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