白い影の住人
なかがわひろか

わたしの影は
わたしの涙で
水色になりました
わたしがそっと足をつけると
ぴちゃっという音をたてます
わたしはくつをぬいで
服をぬいで
影のなかへ
沈んでいきます

宿主を失った影は
ひとりでかってに動き回ります
そうやってわたしは
いろんな人の影のことを
知っていきました

隣の家の
むすめさんの影は
とても黒い色をしていました
あのむすめさんは
近所でも評判の
才媛だったので
わたしは少しおどろきました

親戚のおばあちゃんの影は
とても薄い色をしていて
最初はよく見えませんでした
よおく見ていると
ちいさくわらった気がしました

テレビに出ていたある政治家の影は
血の色がしていました
とある国に送った軍隊が流した
たくさんの血でした

わたしはそうやって
いろんな影とお話をしたり
昔話をきいたりしました
仲良くなれた影もあれば
つんけんしたままの影もありました

ただどの影も
なんだか少し
薄黒かったのを
覚えています

そろそろ影の中から出ようかと思って
最後に出会った影は
真っ白でした
それはとても小さな影で
とてもとても小さな影で
わたしの影も
こんな影は見たことないと言っていました

わたしはその影に話しかけてみましたが
まだうまく言葉が話せないようで
それでわたしは
いいんだよ、と言いました

わたしが影から出る日
わたしの影は言いました
一度だけあんな風に真っ白な影を見たことを思い出したよ
あんたがまだ小さかった頃だ

わたしは影にさよならを言って
影はわたしから去っていきました

きっとわたしの影は
あの真っ白な影に
恋をしたのでしょう

わたしはまたわたしの影が
わたしの元へ帰ってくる日を待っています
わたしの影が
少し黒い色を
落とした後に

(「白い影の住人」)



自由詩 白い影の住人 Copyright なかがわひろか 2007-05-19 00:15:40
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