砂浜に絵を描く(マリーノ超特急)
角田寿星
酒がキレた俺とアンちゃんは
「大きな砂浜のある」駅にあてもなく降りる
行商のオッさんはしゃべり好きで
列車の走るあいだ ずっと
ハマグリが夢をみる話とか
食べられる星を手に入れた話とか
たらふく聞かされてふたりとも悪酔いして
実際のとこ酒なんかどうでもいい
誰かオッさんのしゃべりをとめてくれ
逃げるように下車すると案の定オッさんも降りてきて
ながいながい挨拶をさんざ繰り返して
別れた
砂浜をわざと肩をいからせて歩く
俺とアンちゃんは
相槌をうつだけでアゴがはずれそうになってた
手入れの悪い義肢があるくたびにみしみし音をたてて
冗談じゃねえ
アンちゃんが呆けたようにつぶやく
アンちゃんの上半身がメトロノームでもぶつように
おおきく揺れている
冗談じゃねえよ まったく
おおきな櫂で砂浜に絵を描いている
ふたりの若いおんなに出会う
ひとりはティールで ひとりはノーグ
どこから来たの?ティールがまぶしく訊ねて
俺とアンちゃんは正直なマヌケ面で
ほぼ同時に真上を指さす
俺とアンちゃんは小高い丘に腰かけて
真昼の海風にあたってぼんやりしてる
ティールとノーグは
櫂をふりまわし色砂をまき散らし走りまわり
眼だか太陽だか迷路だかの絵を仕上げていって
実際のとこ絵なんかどうでもいい
ティールのうなじとかノーグの太ももとか
果てしないふたりの嬌声とか
そんなもんばかり俺とアンちゃんは眺めていた
ティールとノーグが朝はやく描いた絵は
風と波にあらわれて半分消えかかっている
アンちゃんがやおら立ち上がり
ようし オレも絵を描くぞう と
おおきな木切れをひっ掴み駆け出して派手にすっ転ぶ
義肢が絡まってガシャンとおおきな音をたてる
俺とティールとノーグは
大の字に突っ伏してるアンちゃんに駆け寄り
アンちゃんを中心にあたらしい絵を描きはじめた
冗談じゃねえよ
砂を噛みながら立ち上がるアンちゃんに
ノーグが大量の色砂をぶっかける
四人で
絵を描く
絵が仕上がった頃には
夜のとばりがすっかりおりて
俺たちの描きあげた絵を俺たちの誰もみることができない
波の音だけがきこえる 四人の息づかい
朝が来るまでに 海風と満ち潮が
俺たちの絵を完全に消しちまうんだろう
脚がいてえなあ
木切れを杖にしてアンちゃんが言う
オレは腕がいたいよ
俺が返す
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