暗渠
月夜野

 わたしたちのうつくしい夏は過ぎ去り
 ただ ぎらぎらとした陽炎ばかりが
 道すじに燃え残っているけれど
 二度とあうことのない確信は
 耳元で鳴る音叉のように
 気だるい波紋をいくえにも広げて
 記憶の皮膜を削ぎとっていく

 あの日 斜面を駆けおりた
 いとけない子どもの魂は
 わたしの心に緑の聖痕をきざみ
 高らかに響かせた喉笛で
 いのちの切っ先を天空へ向け
 飛行する鳥群れまでも切り裂いたのだ

 いとしい微かな寂しささえ
 子犬のように飼いならし あなたは
 諧謔かいぎゃくの産着にくるんで薄闇に解きはなった
 けれども――
 体に裂け目を持つわたしたちは
 帯電した流れこむ粒子を
 たがいに暗渠あんきょのようにのみこんで
 下方へとあふれさせただけだった

 やがて石の中で水がよどみ
 樹木の中で火が燃えだし
 わたしたちはどちらともなく目を伏せて
 つないだ手と手を離したのだった
        
 じっとりと露にぬれた草むらの奥で
 かぼそい水脈が生まれでて
 傍らの側溝へ注がれていく
 ちろちろと小さな舌でわたしを浸すと
 暗がりにかさをたたえた地底の沼へと
 水は音もなくのまれていった





自由詩 暗渠 Copyright 月夜野 2007-05-17 20:32:47
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