絵のない絵本のような
朝原 凪人

「えーん、えーん」

なきむしのさっちゃんは
きょうもないています。

「えーんえーん、おかーさぁん」

なきむしのさっちゃんは
なきたくなると
いつもおかあさんのところにやってきます。

「あらあら、さっちゃんどうしたの?」

さっちゃんのおかあさんは
びょうきでもうずっとながいあいだ
びょういんにいるのです。

「おかーさぁん。あのねあのね」

さっちゃんはおかあさんに
ないているりゆうをはなします。

「うん。うん」

こんなときおかあさんは
やさしくさっちゃんのあたまをなでてくれます。
どんなときでも
さっちゃんがなくことをおこりません。

するとどうでしょう。
さっきまであんなにかなしかったのに
おかあさんがあたまをなでてくれると
さっちゃんはすこしだけ
こころがあったかくなるのです。

そしておとうさんが
さっちゃんをおむかえにきて
おうちにかえるときには
さっちゃんはえがおになります。

「♪おかあさんのては
  まほうのて♪」
さっちゃんはおかあさんがだいすきです。


あるひのこと

「えーんえーん、おかーさぁん」

さっちゃんは
またなきながらおかあさんのところへ
やってきました。

「あらあら、さっちゃんどうしたの?」

「あのねあのね、
 さっちゃん、ケンちゃんとけんかしたの。
 もうケンちゃんなんかをあそびたくないの」

さっちゃんはないているりゆうをはなしました。
そうすればおかあさんが
またやさしくあたまをなでてくるとおもったのです。

ですが

「さっちゃん、わらって」

おかあさんは
あたまをなでてはくれませんでした。

「さっちゃん? ないてばかりいてはダメ。わらって」

おかあさんはさっちゃんのほっぺたをさわるだけで
やっぱりあたまをなでてはくれません。

「どうして? どうしてそんなこというの!?」

さっちゃんはおどろいてしまいました。
だっておかあさんが、
さっちゃんがなくのをおこったのは
これがはじめてだったからです。

「おねがいさっちゃん。わらって」

「ヤダ。ヤダヤダヤダ!」

さっちゃんはどうしていいのかわからなくなりました。
(どうしておかーさんはあたまをなでてくれないの?)
(いつものおかーさんじゃない)
(こんなのおかーさんじゃない)

「さっちゃん」

「ヤダ! そんなこというおかーさんなんて、だいっきらい!!」

さっちゃんはびょういんにきたときよりも
もっとなきながらはしっておかあさんのところからにげました。
とちゅうでおむかえにきたおとうさんとぶつかって、
さっちゃんはないたままおうちにかえりました。


それからなんにちものあいだ
さっちゃんはおかあさんのいるびょういんにいきませんでした。
おとうさんに「さっちゃん、おかあさんにあいにいこう?」
といわれても、
さっちゃんは「さっちゃん、おかあさんきらいだもん」
といいました。

それからまたなんにちかのあと
おとうさんがすこしいそいでいるみたいにいいました。

「さっちゃん、びょういんにいくよ」

さっちゃんはいやがりました。
だけど、おとうさんはさっちゃんをだっこしました。
さっちゃんは、なきながらイヤイヤをしましたが、
そのままびょういんにつれていかれました。

さっちゃんはなきながら
おかあさんのいるおへやにはいりました。

「あ、れ?」

そこには、ほそい、とうめいなぼうを、
いくつもいけたおかあさんが、
べっとにねていました。

おいしゃさんやかんごふさんが
おへやをでたりはいったりしています。
おとうさんがおいしゃさんといしょに
おへやをでていきました。

さっちゃんのすきなえほんにでてくる
わるもののむしのおめんみたいなものを
くちにつけたおかあさんが
さっちゃんをみつけました。
さっちゃんのなみだはとまってしまいました。

「さ、っちゃん」

おかあさんがさっちゃんをよびました。
さっちゃんは、ゆっくりとおかあさんのところにあるいていきます。
なぜかあしがふるえてきました。

「さっちゃん、きょうはなかないのね。つよいわ。えらいえらい」

おかあさんはくるしそうにいいながら、
さっちゃんのあたまをやさしくやさしくなでてくれました。
すると、ふしぎです。
いままで、さっちゃんのなみだをとめてくれた
おかあさんのまほうのてになでられると、
きょうは、つぎからつぎから、なみだがあふれてきます。

「う、うわ〜ん! おかーさぁん!!」

さっちゃんはこえをあげてないてしましました。

「あらあら、やっぱりさっちゃんはなきむしさんね」

おかあさんはくるしそうにわらいながら
さっちゃんのあたまをなでてくれます。
でもさっちゃんおなみだはとまりません。

「そうだ、さっちゃん。おかあさんね、さっちゃんにおてがみをかいたの」

そういうと、おかあさんは
まくらのよこにおいてあった
おてがみをさっちゃんにわたしました。

「さっちゃんはもう、じはよめるかな?」

さっちゃんは、うん。とうなずきました。

「そう、えらいわ」

おかあさんはわらってくれました。

「いまのさっちゃんには、まだすこしだけむずかしいかもしれないけれど」

「ううん。さっちゃんちゃんとよめるもん」

さっちゃんは、おかあさんからもらったおてがみをひろげました。
おてがみをよめるところをおかあさんにほめてもらいたかったのです。

『だいすきなさっちゃんへ
 さっちゃん。おかあさんはさっちゃんがだいすきです。
 かみさまがくれた、さっちゃんとのであいのたねを、
 おかあさんはだいじにそだててきました。
 そして、さっちゃんというきれいなおはながさきました。
 であいのたねは、さっちゃんのなかにもいっぱいあります。
 さっちゃんは、おはなをさかせるのになにがいるかしってるかな?』

「うん、しってるよ。おみずとたいようさん」

さっちゃんはおてがみをみたまま
こたえました。

『おはなをさかせるのにはおみずとたいようさんがいりますね。
 さっちゃんがもっている、
 であいのたねのおはなを、さかせるおみずは、さっちゃんのなみだです。
 さっちゃんはなきむしだから、いっぱいありますね。
 だけど、それだけではおはなはさきません。
 おはなをさかせるにはたいようさんがいるからです。
 さっちゃんのはなをさかせるたいようさんは、 さっちゃんのえがおです。
 おみずをいっぱいあげたら、たいようさんもいっぱいあげてください。
 そうやって、ゆっくりゆっくりきれいなおはなをそだててください。

 だいすきなさっちゃん。
 おかあさんはなきむしなさっちゃんも
 わらうととってもかわいらしいさっちゃんも
 だいすきです。

                          おかあさんより』

「ほら、よめたよ! おかーさん! ……おかーさん?」

つぎにさっちゃんがみたとき、
おかあさんはえがおのまま
ねむってしまっていました。




おかあさんがいなくなってしまって
おとうさんはさっちゃんのことを
とてもしんぱいしました。
さっちゃんはいまでもなきむしなので
ときどきないてしまいますが、
おかあさんのしゃしんをみると、
さっちゃんはえがおになります。
そのしゃしんのよこには、
おかあさんからもらった
あのおてがみがありました。



散文(批評随筆小説等) 絵のない絵本のような Copyright 朝原 凪人 2007-05-15 20:27:58
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