恋のラヴ・ソング
はじめ

秋が終わりを迎え 冬の到来と共に雪が降り始めると僕の高校では自転車通学からバス通学へと変わる
 凍てつく寒さを堪え毎日眠たい体を震わせながら 停留所まで歩いていってそれ一本しかないバスに乗る
 退屈で眠たい授業をMDでミスチルの『名もなき歌』をワンリピートでずっと聴きながら過ごす 世界もこの歌のような情熱的な世界になればいいと思う クラスメイトが「なんか面白いことやって?」と言ってくるので授業中にもか関わらず数学の先生のモノマネをやって爆笑させる 色んなことをやって笑わせるけど 僕の心はいつまで経っても虚ろなままだ お笑い芸人になりたかった僕は人を楽しませれば楽しませた分 自分がどんどん透明になって深い闇の底に落ちていくような気がした
 友人に勧められていつの間にか入ってしまった吹奏楽部で 僕はバスクラリネットを吹いている 適当に準備練習をして楽譜通りに指が動かない僕は同じパートで外の景色を見ながら練習をしている女の子に恋心を抱いている 僕はこの学校に来るのも この部活に毎日欠かさず出るのも 塾を辞めたのも この子がいるからだった 部活が終わるのは夜の6時で 雪が降っている間だけ 帰りのバス停が一緒なのだ 彼女は違うバスに乗るのだが 彼女のバスが先に来るまでの間 僕と二人っきりになる 夜の帳が降りて凍えるような寒さの中で いつも時計屋の前でジャンパーに手を突っ込んで来るバスを待っている 僕はいつも好きな子よりも先に停留所に着いていた そして角を曲がって彼女がやって来た時いつも心臓がバクバクと鳴っていたのだ 彼女は何人にも告白されて振っていた子で 僕にはよく分からない子だった しかしそういう所が僕には好きだったみたいで 吹奏楽部の友人達によく彼女への気持ちを語っていた
 とてつもなく寒くて雪が激しく降った日も 真っ暗で明かりを頼りにして停留所まで来なきゃいけない日も その両方が合わさって最悪な日も 何にも無い日も 僕は彼女より先に停留所に着いて彼女を待っていた
 学校生活の中でも 部活の練習の時も 僕と彼女はほとんど喋らなかった 原因は僕が無口だった為だ 先に停留所に着いてその後に彼女がやって来ても何も喋らず 時間だけが流れて 吹雪の中10分以上遅れてやって来たバスに乗ってさよならも言わず乗っていってしまうのがほとんどだった
 たまに彼女から声をかけてくれることはあったのだけれど 恥ずかしいのと嬉しいのと悲しいのとがあって 僕は素っ気ない返事ばかりをしていた そのうちに彼女も諦めたらしく 一緒にバスを待っていても何も話しかけてくれなくなってしまった
 僕はお互いのバスを待っている間の空気というか雰囲気が好きだった 携帯電話の時間も止まって時計屋の時計も止まって腕時計の時間も止まって永遠を感じることができた 僕は結局卒業するまでに彼女に告白することができなかった
 彼女は今年の6月に結婚する 僕も結婚式に呼ばれて歌を歌ってくれないかしらと頼まれた 僕は複雑な感情を整理できないまま 結婚式で『名もなき詩』を歌うつもりだ


自由詩 恋のラヴ・ソング Copyright はじめ 2007-05-15 00:24:59
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