霧踏み森
R

身にしみる傷を証と思うのは残したものの少なさのせい。
霧踏み森に踏み入るは、死にたがりの感傷屋。
夕方と夜の中間地点。
朝のような「新しい何か」は生まれないけれど、
変わっていってしまう、という焦燥感は少しだけ感傷屋の胸を締め付ける。

心にしみる傷を暖かさだと思うのは残されたものの少なさのせい。
霧踏み森に降る雨は、知りたがりの干渉屋。
とらわれるは過去。
とらわれているは未来。
哀れみは連鎖を生む。
ちっぽけな固定観念じゃ、理解した気にしかならないよ。
(多くの人はそれで満足している。枠に当てはめるという楽しさで紛らわす)

干渉が欲しい感傷も、
感傷が欲しい干渉も、
酷く醜悪だ。

夕方と夜の境界線。
霧踏み森は群青に、
変わっていく焦燥感など見せずに、刻々と、在る。


自由詩 霧踏み森 Copyright R 2007-05-14 07:33:28
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