幸福な女優
蔦谷たつや
幸福な女優は、金持ちの男を好んだ。
或る日のことである。
彼女は都内の高級ホテルで、大富豪のF氏と寝ようと試みた。
F氏は、83才。無論、機能しなかった。
―夜が明けた。
それ以降、彼女が、金持ちの男を好むことはなくなった。
幸福な女優は、知的な男を好んだ。
或る日のことである。
彼女は、都内の高級ホテルで、日本で一番偉い教授と寝ようと試みた。
教授は、何故だか、夜には、赤ん坊になった。
―朝が来た。
それ以降、彼女が、知的な男を好むことはなくなった。
幸福な女優は、頭の悪い男を好むようになった。
或る日のことである。
彼女は、都内の高級ホテルで、頭の悪い男と寝ようと試みた。
しかし、頭の悪い男は、いつまでたっても、ホテルにたどり着くことさえ出来なかった。
―夜にあきれた。
それ以降、彼女が、頭の悪い男を好むことはなくなった。
幸福な女優は、今度は、普通の男を好むようになった。
或る日のことである。
彼女は、都内の高級ホテルで、普通の男と寝ようと試みた。
普通の夜は過ぎた。しかし、朝、目覚めると、男は逃げ出していた。
―朝に嘆いた
それ以降、彼女が、普通の男を好むことがなくなった。
幸福な女優は、こんな自分を不幸であると思った。
彼女は、深くため息をついて、ふと目の前の鏡を見た。
―彼女は、恋をした。
彼女が、誰に恋をしたのかは、もはや、述べる必要もない。
これが、先日、天寿を全うした、女優Mの、生涯独身であった唯一の理由である。
無論、彼女は幸福な女優であった。