春の雨、森で
九谷夏紀


春の雨が
細く断続的に降る
風が吹いて
竹の葉が軽い音をたててはじく
雨の音は
こまやかに落ちる
しまい込んでいた
奥底の溝に

いつの間にか濡れる
銀色の針のようなしたたかな雨に
芽吹いたばかりのやわらかな緑も
色を深めて
あの岩のようにただじっとされるがままになって
この景色に入り込もうか
ねずみ色の空は明るく
鳥がさえずるせいで
雨あがりを思い起こして
内面は気ぜわしく晴れる
水たまりでは水滴の波紋が円でつながり円を消し合い

雨は止みそうにない

山が煙る
生息するための循環は
あらゆる源泉であると
沈黙する山の
立ちこめる水蒸気にまとわれ
目を閉じれば
森に内包されたようで

画家が見せた
オフィーリアが
行く川の森と重なって

息吹きに溢れる静かな森を
ひそやかに息絶えて流れて行く
深い眠りへ続く川に
ゆるゆるとなびく長い髪
安息、なぞらえて残るのは安息

オフィーリアはほんとうに
息を吹き返さないのだろうか
その頬に春の雨露がひとしずく落ちて
密生した草木がくりかえし発生させる青臭いうるおいが
鼻孔から入って体内に届けば
川がこの森をぬけるころには
閉じたまぶたが開かれるだろうと
緑になぞらえ
春の森を行く

森が宿れば森を出よう
森に宿れば森に居よう

授かるままに
与えながら
時をあずけて
ここに
とどまる


自由詩 春の雨、森で Copyright 九谷夏紀 2007-05-09 23:03:06
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