痛み
美砂

七歳
私は一人急な坂を自転車で転がりおちていった
あまりにも急だったので、ブレーキをかけたとたん
自転車ごとひっくりかえり、天地がさかさまになったと思ったら
膝からなめらかな血が、信じられないほど流れていた
私は泣かなかった 顔をしかめてはいたが、冷静だった
血の色は焼きつくようで  静けさ  背の高い草が風に揺れていた
あたたかな砂利のしきつめられた地面で長いことうずくまりながら
私は けして 泣かなかった


八歳
私はペンチで歯を四本抜かれた。麻酔はなかった。
歯科医の手が私の頭の上をいったりきたり 彼は全体重をペンチにかけた 
泣かなかった うめいたが
泣かなかった
黄色い歯をした歯科医と母親に誉められた  


十二歳
私は舌に腫瘍ができて、切り取らねばならなかった
「おお、これは珍しい、こんなに大きくなって」
「彼は大学病院のセンセイなのよ、だから、だいじょうぶよ」
看護婦は色めきだっていた。緑の顔面マスクのなか、私は舌だけをつきだして
手術は成功したが、その夜は一睡もできなかった
しかし私は、痛みがやわらいだ朝を、笑顔でむかえた


十七歳
眼球に注射される
生きてきたなかで、もっとも厭うべき瞬間だったが
私はやはり泣かなかった
もちろん、すでに、泣くべき年齢はすぎていたが


私はどれほどからだが痛んでも
泣くことはなかったのだ


あなたは笑うだろうか?
明かせぬほど年をとって、
ほら、
どこも痛くないのに、
こうして

涙がこぼれおちてゆくよ


あなたは知っているだろうか?
ぬぐっても、ぬぐっても
涙がこぼれおちてゆくよ



                    ※たぶん、2002年ころの詩


自由詩 痛み Copyright 美砂 2007-05-09 22:04:22
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