旅人の死体
なかがわひろか
夕暮れ時に
死体が上がったと
町の漁師たちが言っていた
私はきっと
昼間のあの旅人が
死んだのだろうと
思った
きっと彼は海を見つめて
スケッチブックを開いて描いているうちに
海の色が羨ましくなって
その中に飛び込んだのだろう
それともいつまでも
海の色を出せない絵の具に
愛想が尽きたのかもしれない
海から上がった死体は
冷たくなったその手に
一枚のびしょびしょに濡れた
絵を握り締めていたそうだ
その絵に描かれた女は
どこか遠くの海を
見ているようだったと
町の漁師が言っていた
(「旅人の死体」)