時計
ワタナベ





わたしは部屋中の時計の針をとめました
ごめんなさい、毎日の生活に、疲れてしまったのです
今日は、朝は早く起きました、そして歯を磨きました
掃除をしました、洗濯をしました、近くのスーパーへ行って買い物をしました
甘いトマトを買いました、晩ごはんを作りました、あなたの好きなトマトスパゲティです
お酒をすこし飲みました、月を見てすこし泣きました
月面にたっている星条旗を想像しました、その横で呆然とする私を想像しました、地球は遠いと感じました
私の日記には毎日同じことが書かれていました、晩ごはんの献立と日付だけが違っていました
だから私は時計の針をすべてとめました、日記の最後の一行は”わたしは時計の針をすべてとめました”




ルーチンワーク、ルーチンてのはまぁ、同じことを何度も何度も繰り返すってことかな
俺のルーチンワークは朝起きて、しわくちゃのスーツに袖を通して、歯ぁ磨いて、ひげそって
(俺は朝食はとらない)んで満員電車にゆられて、会社いって、午前中はお偉さんがたと適当に会議して、
昼飯食って、いきつけは商店街の和食屋で、午後からコーヒー飲みながらコンピューターと
にらめっこして、煙草吸って、定時に帰宅して、パソコンやらなんやらで遊んで寝る。
一つ一つの細かいルーチンが合体ロボみたいに寄り集まって一日のルーチンを作ってるわけだね。
ま、そんな感じ。別に不満はないんだけど、たまに気が狂いそうになるね、実際。
このまま年とっていくの?みたいな。


3

月は地球の周りを永遠に回り続ける、それは地球の軌道に月が乗り、月の速度
(抵抗の存在しない宇宙空間においては月の運動エネルギーは保存される、すなわち初速のさだめられた等速円運動)
から生じる遠心力と向心力(地球の重力)がつりあっているからだ。
ならば月に初速を与えたのは誰だったろう?いや、月と地球に言えることは同時に太陽と地球にも言えることだ
すべての天体にはじめに運動エネルギーを与えたのは誰だったのか?神か?
どちらにしろ、それ、が始まったときから、すべての事象は時間の流れという束縛から逃れられなくなった。
時間の流れとはすなわち、運動である。人体の細かな分子における小宇宙的な運動から始まり、宇宙の惑星間における
原理的な運動まで、その運動の過程が時間の流れというものだ。
もし、電子の運動を停止させることに成功したならば、そこには人類が手に入れられなかった永遠というものが存在することになる。
ニュートン、シュレディンガー、誰も時間の原理には到達し得なかった。
私はコーヒーを飲む、その表面にも宇宙が広がっていることを確認する。
そういう確認作業が私の仕事だ。




いらっしゃい
ずいぶんお疲れの様子ですね
ご自由におかけください
できればカウンターに、というのもわたし、しゃべり好きなもので
こんな辺鄙な場所にあるものですから
実はお客さんは久しぶりなんです
飲み物ご用意しますね
なにがよろしいでしょう?

おまかせくださるんですか?
では当店のとっておきをお出しします
これはコーヒーでも紅茶でもないんですよ
なにかは秘密です いえいえそんなたいしたものではありません
どうぞ

どうです?
肩の力が抜けましたか
それはよかった

これは実は様々な葉をブレンドして作ったオリジナルのお茶なんです
それぞれの葉のさじ加減が少し難しいんですが
今日はいい出来です

今?ですか?
すいません、うちの店には時計は置いていないんです
置いても意味ありませんしね
たぶんお客さんがこられた時と同じ時間だと思いますよ
いえいえ 冗談ではありません
そういうものなんです
まあ いいじゃないですか
そういうものはそういうものなんですよ
うちはあるがままのものがあるがままにある店ですから
ちょっと変わっているでしょう?


ジャズかクラシックでもおかけしましょうか?
わかりました
では ごゆっくりどうぞ


散文(批評随筆小説等) 時計 Copyright ワタナベ 2004-05-04 20:03:13
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