The Doors
大覚アキラ

扉がある、光がある、ギリシャ風の彫刻の陰で眠る娘の右手には剣
が握りしめられている、見ろ、開け放たれた窓の向こうに広がる暗
い森を、降りしきる雨を、ピアノ線のような銀色の雨を、雨がうる
さいので夜はなかなか明けない、真っ暗で、真っ白で、恐怖だ、恐
怖そのものだ、子犬の腹の中には虫が巣食い、虫の腹の中にはさら
に小さな虫が巣食い、その小さな虫の腹の中にはもっと小さな虫が
巣食う、種子は重力を感知する、あらかじめ決められている約束事、
呪い、契約、扉がある、決して開くことのない扉がある、孤独な者
は幸いである、希望を持たない者は幸いである、友よ、お前に知恵
があるならば今すぐにお前の友と訣別せよ、気が向けばそんなもの
は金でなんとかなる、お前に金があればの話だが、そう、お前の金
を守れ、それを奪い取ろうとする者から、親切そうな顔で近づいて
くる者を信じるな、傷ついた姿でお前に救いを求めてくる者を信じ
るな、唾を吐きかけろ、踏みにじれ、重い灰皿で殴ってやれ、タバ
コに火をつけろ、ゆっくりと煙を吸い込んで奴らの顔に吹きかけろ、
そう、成り上がりの億万長者の真似をして、いやらしい笑みを浮か
べて、太った腹を擦りながら、ワイングラス片手に株の話とゴルフ
の話を続けるんだ、お前の肝臓が悲鳴を上げるまで、お前の心臓が
停まる時まで、お前の成功は約束されている、お前の勝利は約束さ
れている、しかし油断するな、気を抜くな、父を欺け、母を裏切れ、
友を売れ、常に財布の中の金を数え続けろ、戸締りに気をつけろ、
扉がある、開いたままになっている扉がある、災いはそこからやっ
てくる、喉元を駆け上がってくる血の滾り、眼の裏側が熱くなって
いく、頭の芯が凍りついたように冷たくなっていく、殺意、暴力の
予感、震えているのは怖いからだろうか、そうじゃない、これから
始まる新しい欲望の形への期待、満たされていくワイングラス、ゆ
っくりと開かれていく太腿、舞台の上、スポットライト、踊り子は
いつも孤独だ、孤独なプロフェッショナルだ、踊るという行為は何
かの代替行為なのか、それとも祈りか、願いか、償いか、男たちの
遠慮のない視線に晒されて、踊り子の白い肌は紅潮していく、踊り
子の右手には剣が握りしめられている、見ろ、剣がミラーボールの
光を反射して光を放つ、2回短く光って、1回長く光って、少し間
を空けてごく短く3回光る、その繰り返しだ、2回短く光って、1
回長く光って、少し間を空けてごく短く3回光る、2回短く光って、
1回長く光って、少し間を空けてごく短く3回光る、退屈だ、退屈
で仕方がないお前はとりあえず席を立ってトイレに向かう、扉があ
る、開け放たれた扉がある、扉の向こうの個室で男が二人抱き合っ
ている、男たちの荒い息遣いがトイレの中に低く響いている、床に
は脱ぎ捨てられた靴下や下着が落ちている、便器という便器はこと
ごとく詰まっていて汚物が溢れている、お前は気分が悪くなって店
を出る、店の外は土砂降りで、ピアノ線のような銀色の雨で、真っ
暗で、真っ白で、恐怖だ、恐怖そのものだ、扉がある、扉がある。


自由詩 The Doors Copyright 大覚アキラ 2007-05-06 15:39:40
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