巻き貝は糸電話
茜井ことは


母の使っていたキーホルダーに
つけられていた巻き貝の中では
耳を当てると、いつも波の音が鳴っていた
あさりの味噌汁の残骸からは
迫ってこないあのさざめき


砂浜を歩けばたいてい
あたしたちの満ち足りた安心には
想像上の海の青を、本物のそれに合わせるように
トーンダウンしたのと同じくらいの強度で
グレイのフィルムが溶かされていく
それはまるで
ひたすら触らずにいたものごとを海に託して
甘え下手な子供たちが一斉に
声もなく、泣きじゃくっているようだった



少なくとも明日は今日の延長だという
推定のリレーの結果があの足跡で
砂浜で得た巻き貝に貯蓄したのは
窒息しそうなほどに高く
胸を波立たせてくれていた言葉だったけれど
今、耳元に寄せた貝殻から漏れてくるのは
波音に模された空気のこすれ合う軋みだけになっている


きっとこの胸を
動かせなくなったことを知った
あの素直さの粒子は
今頃、巻き貝に隠しておいた最後の文殻となって
海を揺らしながら、響いているのだろう







自由詩 巻き貝は糸電話 Copyright 茜井ことは 2007-05-06 00:04:50
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