故郷の回想
はじめ

 僕の故郷(君の故郷)を時々思い出す
 澄んだ青空が僕の胸に吸い込まれる
 あの何度も塗り直されている鉄橋 あの春には染井吉野でいっぱいになる国一番の長さを誇る川の堤防のいつもの帰り道 夜を彩る山の展望台から見た歓楽街とビル群の交差する大量のネオンサインと光の灯
 そして僕は心の底で雄大な山々に囲まれた故郷の中心街を思い出す そこは絶え間なく交通の便が滞っていて 信号機が休む間もなく点滅し働いている 僕の故郷には地下鉄というものが無い 路面電車は復活しない
 三浦綾子が生まれ井上靖が生きた地だ 僕は3番目に有名になれればいいなと思っている 僕は病を背負っているが 彼らにも負けない人生を境遇を乗り越えてきたつもりだ 伝記になるにはもってこいの材料が幾らでも揃っている
 僕達は科学館のプラネタリウムの話をする そして丘の市立展望台の天体望遠鏡で見れる星空の話をする そしてよくあの森とあの森の奥深くの夜空のことについて話をする 僕達は無限の小説の旅をすることができる あの森では他では絶対に見られない星達の話をする 僕は他の夜空の星座のことよりも あの夜空の見たこともないような新しい星座についての方が詳しいんだ 僕は或る街の古本屋であの夜空の星座について書かれた一般には流通していない本を持っているんだ 今度会う時に君に貸してあげるよ 君も星座のことがとても大好きだから
 僕達は時間があると必ず意思を通わせ結んで あの暗い夜の良い全身から香りのする森の中を歩いていく 君はその時生きている 死者をイメージするような退紅のおかっぱで横髪を小さな可愛らしい耳にかけていない 生を彷彿とさせるような真っ黒いストレートな髪で 自分で作ったドレスじゃなく自然の神が雨露を閉じ込めて紡いだ糸で作った純白な半袖のワンピースを着こなして
 僕と君は笑って手を握って歩いていく そこにはキラキラと光る昔の言い伝えに流れ星が落ちたという湖がある 僕が昔この森で迷って辿り着いてお詫びに亀を逃がした湖だ そこでは巨大に成長した僕のものだった亀が精霊や妖精達と暮らしている 亀の『カーメ』はいつの間にか甲羅に7つの星の模様が付いている 君が逃がした僕とのデートの縁日で買った金魚も死ぬ時間を引き延ばしてもらって(寿命を延ばしてもらって) たくさんいる(僕とお金持ちの家の庭から盗んだ鯉一対が子供を増やして沢山泳いでいる) その他諸々僕達が束縛されたオリエンテート社会から持ち込んだ生き物達(破れて捨てられていた鯉幟も君が縫い直して優雅に泳ぎ回っている)が湖の中で生きている
 僕達はその賑やかな様子を見て大笑いしながら 湖面に映った満天に限りなく近い透き通った夜空を見て黙って心が穏やかになる そして僕達はその上にある素晴らしいものを眺める 僕と君の繋がった手はいつしか固く結ばり 二つの口から感嘆の溜め息を吐く 僕達はこの故郷の全て そしてこの夜空が大好きだ 月の上から 宇宙の向こう側から その果てから僕達を眺めている きっとそれは永遠に匹敵するぐらい素敵なものだろう


自由詩 故郷の回想 Copyright はじめ 2007-05-05 03:52:20
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