渚のヴィオロン
Rin K
記憶のかたわらで
あの人の奏でる、ヴィオロン
夜想曲は、もう
恋のできない私に似合いね
と わずかに唇をゆるめてから
伏目で弾いた鳴きやまぬ、旋律
それはどうしても、波としか呼べなくて
月が、潤む―――
*
まぼろしさえ返せない渚で
目覚める夢をみた
すれ違った風に
ぬくもりを感じながら
またひとつ、ふたつきりの足跡でしか
越えられない季節を
またいでゆく
*
静けさは蒼
月のなみだには今宵も変わらず色がなく
濡れた一凛の花に
言いかけて、やめた
言葉のような
露を置く
*
いくら恨みを綴れても
憎むことのできない花の白
静寂にあまりにも映えて
欠片のようなネイロがこぼれる
ほら、 ごらん、星砂
まぎれもない生きたものの、欠片
*
誰かの代わりに連れる影
切り出せなかったこころの代わりに、細波が
寄せる 絶え間なく
やわらかく
遅れた時計に代って
遠ざかる隙間を刻むヴィオロン
失くしたものはかけがえ
どれだけ似たものも代われはしないから
波、かぎりに響け
渚が、かすれゆく