雨の知らせ
朝原 凪人
手を赤く染める雨を一粒。
摘んで捕まえた。
つぶしてしまわないようにそうっと。
空に泳ぐ寸前の雫の形のまま。
目の前にぶら下げる。
「こんにちは」
(こんにちは)
鈴が、鳴った。
柔らかく奏でられる旋律のように。
雨はその内側で世界を躍らせながら答えた。
「空が泣いているのかい?」
(いいえ)
黄色い傘を差した女の子が空を踏みしめて歩いている。
(空は泣いていませんよ)
「そう。君は空の涙ではないんだね」
(人間は面白いことを考えるのですね)
路上に止められた車がぐにゃりと曲がった。
(わたしは、わたしたちは雨。それだけです)
セーターから吸いきれなくなった水が滴る。
「冷たいね。それに寒い」
(そうですか。それはごめんなさい)
直径二ミリの十八階建てビルがくるりと一回転。
(冬が泣いていますから)
「冬が?」
(泣いています)
雨の中に雨の降る街。
朔風に乗ってでたらめなステップ。
(そろそろ)
「あぁ。ありがとう。楽しかった」
(いえ)
「もし」
雲の切れ間から差し込んだ陽。
世界は白く染まった。
「もしもう一度冬に逢ったら謝っておいてくれないか」
太陽は一瞬にして隠れ再び世界が色付いた。
「それからありがとう。と」
(わかりました。伝えておきます)
雨は街を回した。
風が強く吹いた。
(では)
手を離す。
雨は雫となりアスファルトに。
弾けた。
世界が正しい位置を取り戻す。
十字路に吹き込む風の音。
冬の泣き声だろうか。