『Kiss・Kid・Kanon』
川村 透

眠ることは死に近い、君よ
僕の腕の中、泣き腫らした目をして、しゃくりあげる赤子
蒸し暑い夜のありふれた、それでいて、不吉なくらい真摯で痛々しい、寝ぐずり
君は運命にあらがうように手足を突っ張り地の底に墜ちてゆかんばかりに
反り返り涙のつたう白い顎で父の抱擁を拒絶し続ける
カノン
僕は目をつむり祈りながら君とワルツを踊ってみせる
カノン
僕は目をつむり祈りながら君とワルツを踊ってみせる
カノン
僕は君とワルツを踊る
カノン
眠ることは小さく死ぬことだ
君が君でなくなり、いなくなってしまう、ことだ
僕は目をつむり祈りながら君とワルツを踊ってみせる
カノン

カノン
君は泣きじゃくり、いつしかその目はうつろに
瞬膜がおりてきたみたいに、鈍色に、にごる
体からは力が抜け、蟻地獄に足をとられた昆虫みたいに、沈んで行く心
首をささえる事も、出来なくなり、がくり、とこうべを僕に預ける君よ
カノン
瞬きもゆっくりと、しだいしだいに閉じてゆく瞳
ふいごのように赤く早く熱かった息も静かな蒼の気配に濡れてゆく
がっ、と最後に大きく息を吐いた君はこうして
カノン
安らかな死を、死に始める。僕は、
汗をかきながら、君の死体を抱いてゆれている、道化じみたパジャマ姿で
むしむしとした夜のまんなかで、いつしか繰り返し
繰り返し繰り返し、もうひとつの祈りを、祈りながら
カノン


--僕たちは神様から君を盗んだ
--僕たちは神様から君を盗んだ
--僕たちは神様から君を盗んだ


カノン
僕たちは、かわるがわる君にキスをするシェークスピア劇の亡霊のように
カノン
死のキッス
カノン
死のキッス
カノン
僕は君を抱いたままそっとベッドに近付く
夜の底、力つきて横たわり、とろとろと浅く死の床で待っている、母、
の隣へ君を葬ろう

最後にもう一度
死のキッス
カノン
繰り返し繰り返し繰り返し繰り返す
カノン
僕たちの方が君よりもずっとずっとずっと、
死に近い。



--寝苦しい夜は、
--点滴の匂いがする。


カノン。


      (2001/05/19)


自由詩 『Kiss・Kid・Kanon』 Copyright 川村 透 2003-05-02 09:31:02
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