温景
木立 悟



一度も入ったことのない時計店が
空き家になっていたことを知ったとき
この街を動かすからくりのひとつが
もうもどることはないのだと感じて立ちすくんだ




雲はなく 風は冷たく
やがて影さえ熱くなる
去年より熱く
おととしより熱く


割れ鐘の陽に耳をふさぎ
足早に歩む
苦しめるものも そうでないものも
降ることをやめない


どこへ積もるのか
消えるだけなのか
指の花は淡く
こぼれるものはさらに淡く


花から花へわたる糸が
ときおりちぎれ ふりかかる
空の水に息つぎの波紋が
いくつも現われては消えてゆく


土なのか 花なのか
わからぬものを踏みしめて
鳥は水をゆく影を見る
羽に重なる羽を見る


突然の明るい声に縛られ
ふりむいても空には誰もいない
ひとつだけ小さく淡い午後が
遠い窓のようにまたたいている




ふたつの季節のどのはざまにも
震えつづける身の置きどころなく
また次の冬に焦がれながら
ゆらぎの道を歩いてゆく











自由詩 温景 Copyright 木立 悟 2007-05-02 17:28:49
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