島 きょうかいせん
水町綜助

ここに
銀色のエンジンがあればそれと

あと太陽の動きのような一時間半があれば

ぐるりを周りきれるほどのちいさな島
四方からの潮風にさらされ続けていて

そこで何本もの縄を編んではほどいたりしている

荒縄はどれもざらざらと毛羽だっていて
つよく握るとちくちくと
新鮮な痛みで背筋が粟立つが

この縄は港に停泊した船を

結わえておくものなのか

どうか

きらきらしながらも消波ブロックを
すこしづつ削ってゆく
波頭を
そのしろくひまつの
あがるその先端を
みながら考えている
ひとつぶひとつぶ
見ようとするが
追いきれるわけもなく
肝心なことが
わからない

うみかぜが諭すからと
ふとふりかえって見る
うみぞいの町の
縁取りは錆びていて
白い欄干も
タラップも錆びて
青空駐車のセダンもバンパーから
血のような錆を流してもう止まっている

こんなかんじで
うみからの潮風は
ねつを加えて
つくられた
鉄を
赤い石にくだき
砂にする
いつか
「てつのつくりかた」を
しろい突堤に
踏みしめて
散らばる
赤さを
あかさが
粉々に
飛ばして
燐光の中に

砂つぶ


  *


波の音が数えられなかった
引いて鳴り止もうとする音を
あたらしい音が飲み込むから
つながってしまって

波の数を目で数えた
押し寄せて
ふくらんで
しろくくだけたときを一回



…と、一つ砕けたすぐうしろで
ちいさな波が産声をあげて
くだけている
ちいさく
またそのうしろでも
もうすこしちいさく
くだけている

高波にのまれることもあるか

数えられなかった


  *


にっぽんのいちねん
には
日付ごとに
ひとつひとつ昔話があるらしい
と、ものの本で読んだ
ページを繰って365にち
そのなかの三月八日は
その日は、
「かえるの合戦」のおはなし

毎年毎年その日には、江戸は市ヶ谷の池の中で
かえるどうしが陣地をとりあう激しい戦をするんだそうで
累々たるかえるの屍が積み上げられるんだそうだ
その激しさたるや
物見遊山の観客が投げ入れたへびでさえも
−へびといえばかえるの天敵です−
へびでさえも興奮したかえるの目にも映らず
無視されて
そのうえ鬼気迫るかえるたちに
その高揚に気おされ
文字通り、しっぽを巻いて逃げ出してしまうほど…らしい
そしてそのごもそれは毎年続き
三月八日にはお堀沿いに屋台なども出て観客で賑わい
一種の定例のおまつりになって続いたらしい
ずっと

見たことはないけど

だから僕がうまれたその日にも
かえるとかえるがころしあい
お堀の中で陣地を奪いあっていて
そしてそれをみて酒などを飲み
たのしむひとが居たんだろう

かえるの
雄たけびと勝ち鬨の声
断末魔と命乞いの声
ただの鳴き声
やんややんやの喝采
ただの鳴き声

その裏側でひっそりと

そうかんがえると
これもしかたがない か

げこ

ただ鳴いた


  *


たったひとりの人間のせいかつ
それに疲弊して
突堤に来てみたら
風とひかりがつよすぎた

荒れた海面は光をすなおに映しすぎて揺れて
もう粉々に割れたガラスの破片ばかりだった

うみかぜは
ブーツにきらきらとしぶいて
錆びさせるし
僕は
風化して
くだけて
ちるのもごめんだった

パーカも目の前からの風をはらんで
それはびゅうびゅうびゅうびゅう吹いて
僕じたい帆になって
でもそれで進ませられるのはうしろ
要するに
島に向かっているから
僕は踵を返して
港からの出口へ歩きだした

まっすぐな突堤を戻りながら
すこし顔を上げて見ると
ちょうど出口に海洋博物館みたいな大きな建物がたっていて
その壁一面にとてもおおきく壁画が描かれていた

「巨大なタコ」口を開け
不揃いな歯を大小にむきだして
捲られたカーテンを長い八本の足で締めあげていた
「色とりどりの深海魚」もたくさん描かれ
それもみな牙をむき
そしてすこしわらっていた
小さな鮫をいままさに飲み込もうとしているやつもいた

僕はそれを見て
僕は少し立ち止まり
僕は少し考えて
僕はたばこをくわえて
そして
右へそれた

そして歩き 
歩き
歩き
遊泳場まで
歩いた

黒いすなはまに覆われたそこにも
それを吹き飛ばすくらい
風はたくさん吹いていたが
砂浜にはハマナスもヤシの木もすこしだけ
あったし
いっしょに揺れていた



うみにも
りくにも
いかないなら

こうして
境界に
ゆれて

今日は
波打ち際で
目を細めて

縄を編むこともしないで
ほどくこともしないで
鉄でもないのだから
波の数をかぞえないで
波の音を聞かないで
かえるのさけびごえを
きかないで
境界にて
一匹のかえるが
あおむけに死んでいても
その白い腹をみてしまっても
境界にゆれて
海岸ですれて
錆びのように血を流して
波打ち際の境目で
今日は
わらって
くちないで
あるく

















       


自由詩 島 きょうかいせん Copyright 水町綜助 2007-04-30 12:36:16
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