夏の鍵盤
藤丘 香子

擦り切れている背表紙を
後生大事に持ち歩く
付箋に躓くことを繰り返してしまった

左手には一束のシャレード
紐解いている間に
夏の森は
微笑や涙やトキメキを頬張って
色彩を奏ではじめている

私の暮らしに
あなたは深く関わり続けていく

三階から臨むなだらかな草原の
青く茂った其処は
深々と眠る緑の種を抱き続けるのだろう

光の中に音が宿っている
時おり耳を澄ませて写し取る日々の中で

象牙色の鳥たちは
カレットを啄ばみ
気紛れに
黒く目を伏せた枝に留まる
眠らない弦は日時計を巻き戻している

もう忘れられてしまっただろうか
あなたに届けたあの曲には
ささやかな願いをこめた

穏やかに忘れられていく窓辺
記憶の風が雨を呼ぶ

セレナーデ
うまれていく
きえていく

夏の音色は
綿雲に掴まれた水に凭れながら
雨の指先が
風通しの良い草を弾いている

傾いた月
インクに眠っている声
音域に畳まれた余韻が沈黙を解く
求め合う音が
微かに聴こえたような気がして

一冊の暦と
夢を見ないランプと
残された指
翳りの沈め方を探っている

僅か数分の
物語が降り注ぐ身体一つ分の空を捏ねて
雨粒が瞬く

あなたの手紙を読み進めるための
朝の瞳がほしい







自由詩 夏の鍵盤 Copyright 藤丘 香子 2007-04-30 08:51:32縦
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