奇跡と恋愛
楢山孝介

街を焼き尽くした大空襲の後
一人の男と一人の女だけが生き残った
それは奇跡だった
すぐに二人は恋愛した
やがて銃剣が二人を引き裂いた

それから十年後、男と女は
都会の片隅で再び出会った
それは奇跡だった
たちまち二人は恋愛した
男は逃亡兵で、女はスパイだったので
二人はすぐに自分たちを引き裂いた

それからさらに五十年後
とある湖のほとりで
男と女は三度目の邂逅を果たした
それは奇跡だった
二人はのろのろと恋愛した
「実はここに死にに来たんだ」と男は言った
「わたしもよ」と女は言った
それは奇跡だった
二人はよろよろとまた恋愛した

それからしばらくして
二人は湖に足を踏み入れた
「冷たいわ」と女が言った
「冬が近いからね」と男は言った
それは季節だった
「わたし、泳げないの」と女は言った
「実は僕もなんだ」男は嘘をついた
二人は湖面に水泡だけを残して
静かに沈んでいった
沈みながら二人はほんの少しばかり恋愛した
それは奇跡だった

誰もいなくなった湖の上空を
最新型の爆撃機が通り過ぎていった


自由詩 奇跡と恋愛 Copyright 楢山孝介 2007-04-28 23:58:35
notebook Home 戻る