明日に最も近い夢
玉兎

 私の家には、かあさまととうさまと私の妹が住んでいた。

かあさまのゆりかごはいつもの窓辺でゆれていた。
その窓辺からは心地よい風だけがかあさまに吹いた。
ゆりかごに座ったかあさまは、瞳を閉じたままじっとてしていた。
かあさまに吹く風と草のせせらぎ、静かにゆれるゆりかごのきしみ。
全てが調和を保ち完全な世界を作りだしていた。
そんなかあさまを見てとうさまはよく言ったものだった。
「女性は全ての生を育み、全ての生の死に近いものだ」と。
だけどかあさまは死んでしまったのだととうさまは言う。
本当の意味でかあさまは死んでしまっているのだと。
暖かな日の光は、かあさまの影を時に長くした。
オレンジ色の世界の中に全てをゆだねてしまっている様に見える。
かあさまはどうして自分で動くという素敵なことを放棄してしまったのだろう。
それを知るには、私は幼すぎたし世界はまだ七色に輝いていた。


とうさまは、私にいろんな話をしてくれた。
だけど、その日のお話はいつもとほんの少し違っていた。
それは、「物語」ではなかったから。

   太陽はいつも空にあって
   時に強く、時に優しく
   いつも誰にでも平等に
   私たちを照らしている
   そして、必ず
   いつも誰にでも平等に
   私たちにもう一人の「私たち」を
   地べたへとぬいつける。
   それは
   絶望と希望を知っていて
   時に私たちを脅かす
   それに対抗できるのは
   自分の中の希望を信じること。

そして最後にとうさまは、私に聞こえない位の声でこう言った。
 「とうさんは、今だに逃げ続け、かあさんは、もうずいぶん昔に掴まってしまった」、と。


うるさい位の虫の声と草いきれのする夜に長いシルエットの人は私の家に訪ねてきた。
とうさまは、長い間その長いシルエットの人と話をしていた。
とうさまの大きな声と虫の声は夢の中まで追いかけてきたけど、
何を話しているのか分からないまま眠ってしまった。
まぶしい朝日が部屋のカーテンのすき間をぬって、私に「今日」という日の再来を告げた。
リビングへ行くと、とうさまはうなだれたまま首だけを私の方へ向けた。
まるでとうさまだけが、「昨日」に取り残されてしまった様だった。
瞳の輝きを失い、とうさまは別人のようになった。
そしてとうさまは、私に「言葉」を残した。
 「何もなくて、疲れ果てても、そこに立ってる自分を忘れてはならない」と。


そのうち、窓辺にはゆりかごがもうひとつ増えた。


窓辺からは今日も心地よい風が吹いている。
そこから見渡す草原もさらさらと流れている。
とうさまとかあさまは並んでゆりかごに座っている。
そして私は妹を連れて「家」を出た。
私たちは夢を持っていたし、「明日」はまだ近くにあった−−−−−。



それを長いシルエットの人だけが遠くから見ていた。
バックの中に真新しい希望という宝石をたずさえ、バックの中からは絶望という一つの石ころがなくなっていた。

  希望とは明日に最も近い夢、
自分の未来を創造する鍵、それは
  自分を信じる所から始まる−−−−−

草原には長くのびたシルエットと夕陽に沈む家が残った。


自由詩 明日に最も近い夢 Copyright 玉兎 2004-05-02 23:48:36
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