みどりのスケッチ
銀猫
あんなに降っていた桜は
何処へ流れていったのだろう
夜の手がそっと集めて
すこし北の、
山並みを越えたところへ
風に溶かして運んだのだろうか
翠を湛えた葉桜は
それはもう、
ひとつの恋でも忘れて
背筋をわざと伸ばした少女のようだ
霧雨に潤うやわらかな体躯は
手足に細かな水晶を無数に飾り
これから美しくなるのだ、
そういう心根のように
いじらしく、乾いた爪先で
魔法の水を吸い上げている
僅かな日毎の繚乱を
惜しげもなく晒し
眼の奥底に
或いは誰かの思い出に色を施して
春、を永遠に重ねてゆく
桜の樹の下を
いま
白い蝶がひとひら
ぬるい風に流されていった