書店で働くということ
吉田ぐんじょう
本を読む人の眼は
例外なく真っ黒い色をしている
それはもちろん
眼が活字のインキを吸収してしまうからである
本を読みすぎて
白眼まで真っ黒になってしまった人が
こちらを向いてにいっと笑ったりすると
結構怖い
きちんと見えているんだろうかと思う
棚に沿って
ずらりと立ち並んだ人たちの間を縫って
雑誌を整頓していると
時々
樹になってしまった人を見つける
帰りたくなくなってしまったのだろう
そういう人には丁重に声をかける
お客様
お客様
二度呼ばっても人に戻らない場合は
他の店員に手伝ってもらって
根元から伐採し
店の外に放り出す
今までにそういう人はたくさんいたらしく
うちの店の前には
材木がたくさん積んである
夏になったらキャンプファイヤーをやろう
と言うと
漫画本にフィルムを巻いていたアルバイトさんが
いいですね
肉も焼きましょう
と言って笑った
書店で働き始めてから一ヶ月になるが
本というのは不思議なものだ
腕の中でさまざまに形を変えるのだ
一度
単行本を整頓しているときに
ふと気づいたら
腕の中で赤ん坊がわらっていたことがある
それは
将来わたしの生む赤ん坊のように見えた
たまらなくいとおしくなって
ベイビー
と呟きながら
背表紙にくちづけをしていたら
先輩社員に叱られた
だが
そんな先輩社員も
漫画本の並んでいる棚が
初恋の人に見えることがある
ということをわたしはちゃんと知っている
たまにうっとりした顔で抱きついているからだ
店が閉店するのは午後の十時である
わたしは床にモップをかけ
剥がれ落ちた活字や
お客様の残した性欲の欠片なんかを
丁寧に隅っこに集めて捨てる
すばやく捨てないと
活字と性欲とが反応しあって
どろどろの
得体の知れない固まりになってしまうので
注意が必要だ
お疲れ様でした
と頭を下げて
ふと手のひらを見ると
いつも真っ黒に汚れている
その手で眼をこするので
わたしの眼はだんだん大きくなってゆく
多分近い将来は
一つ目になってしまうことだろう
あまり知られていないことだが
書店の店員は
みんなそれで辞めていくのである
ほぼ一つ目になった先輩社員が
月明かりを背に
お疲れ様
明日もよろしくね
と鷹揚に笑った