遥か、透明の過程
佐野権太

途切れがちの遠い波音に
あるいは
いつかの風景の肌ざわりに
私は
何を求めていたのか

カンバスは
筆先の触れた瞬間から
額縁にきちきちと収まってしまう
握り込んだ青い爪が
手のひらにくいこむ

だからもう
私は
私の結び目の
ひとつ、ひとつを解いて
海を落下していく

海底から俯瞰ふかんする
穏やかな光陰
すべての感覚をたたんで
求めていたということすら
忘れて

やがて
私という外殻がいかくの中に胎動する
透明なあなたは
柔らかい浮力に招かれて
つるりと
私を脱ぎ捨てる

いつか
朴とした風に吹かれることを
赦されるとき
からだの中心を貫いた光が
わずかに屈曲し
おぼろな肖像を結ぶ

それが
うつくしいものであればいい

それは
詠み人知らずの唄でいい







自由詩 遥か、透明の過程 Copyright 佐野権太 2007-04-25 15:36:12
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